August 16, 2006

いや、まったくもって恥ずかしい話なのだが、今日(15日)の今日まで、お盆というのは15日までだと思っていた。つまり、13日から15日までだと思っていたのである。それが実家の母と電話で話していて明日(16日)が送り盆だと聞いて愕然としたのだった。いったい、どこでどうやってすりこまれてしまったのだろう。恐らく、終戦記念日とごっちゃになっていたのだろうか。まあともかく、47年目にして気がついてよかった。

靖国参拝に反対する、僕の田舎である山形出身の元幹事長宅と事務所に火がつけられた。犯人は割腹自殺を図ったらしい。いずれにしても、時代錯誤もはなはだしい。靖国参拝に賛成する輩にはこういう連中も混じっているのだ。今日(15日)テレビを見ていて驚いたのは、若い連中ほど靖国参拝に賛成の割合が高いということである。この場合の問題点は、中国・韓国両国との関係もさることながら、ことの核心は戦犯が合祀されているということである。戦没者を参拝すること自体に僕はなんら反対はしない。しかし、戦争を起こした当事者たち(しかもおまけに神格化までされている)を参拝するというのは、断固として反対だ。結局、中国・韓国両国が目くじらを立てているのもそこだ。A級戦犯というのは、結局のところ、大量殺人の当事者と変わらない。それを神と奉るというのは、問題にならないわけがないくらいのことは、誰にでも分かる筈である。これが反日感情をあおるぐらいのことは小学生にだって分かる。僕としては、いささか乱暴ではあるが、靖国参拝の賛同者は、右翼か、皇国崇拝から抜け出せない人たちである、と言い切ってしまおう。ただのナショナリズムである。とにかく、これはそれぐらい単純な話なのだ。もういい加減戦争を美化するのは止めにしよう。戦争はただの狂気に過ぎない。ちょっと嫌な感じがするのは、それすら分かっていない人たちがあまりにも多いということだ。

追記:上記に関連して、さるブログにコメントを書こうと思ったのだけれど、文字数が多すぎて投稿できなかった。ので、一応ここにコピペしておきます。

うーん、今回はなんか複雑な感想です。戦争の末期、硫黄島で玉砕した兵士のほとんどは寄せ集めの兵隊で、中には銃の撃ち方すら知らない者がいたそうです。つまり、軍人と言ってしまうとあれだけれど、兵士というのは元をただせば一般人なのです。僕の意見としては、あの戦争で死んだすべての人たちは犬死だった、ということです。だから供養する必要はあっても、崇拝するというのはちょっと違うと思います。犬死だったからこそ、戦争というものは悲惨なのです。僕らにできることはただひたすら反省することだけです。そして覚えていること。

って、長々と書いてしまいましたが、なんか、曲解してしまってますか? だったらごめんなさい。要するに僕が言いたいのは、指導者が死者に対して頭を下げる、というのはちょっと違うなあと思ったのです。やはり彼らが頭を下げるべきは、侵略した国々に対してでしょう。うーむ、珍しく反論めいたことを書いてしまいました。反省。

P.S. お友だちでいてくださいね(笑)。

Posted by Sukeza at August 16, 2006 12:00 AM
Comments

こんばんはー(笑)。
言うまでもないことですが、究極的にはかの戦争は侵略戦争であったわけです。ですから、侵略した国に対して日本が頭を下げるのは言うまでもないほど当然のことだと僕は思います。ただ、この国をそのような戦争に導いた人々、つまり、A級戦犯と呼ばれる人々、また、法廷で裁かれはしなかったけれどもその遂行に関与した人々には、侵略した国の国民に対してと同じくらい、自国の国民に対しても責任があると僕は思うのです。戦没者の魂を崇拝して欲しいわけではありません。ただ、国の指導者たるべき人には、それに対して反省の意を表して欲しいのです。戦争を開始し、そして敗戦に導き、誰一人として死にたくなかった自国の国民の命を無為に散らしたですから。

sukezaさんの仰る通り、特に戦争末期において、皇国軍人と呼ばれる人々の内実は錬度の低い徴用兵の寄せ集めに過ぎませんでした。彼らが喜んで戦地に赴いたなどと考えるのは大きな間違いに他なりません。そして、彼らはこともあろうに戦後ずっと、その戦争を始めた人々と同じ場所に祀られている。そして、彼らが後ろに残してきた家族たち、また、その他多くの非戦闘員の死者たちは総体として哀悼の意を表される場所もない。そのことが僕には許せないのです。今自分のブログを読み返してみて、うーんなんか言葉が足りてないなあと思いました。反省。

・・・え、お盆って15日までじゃないんですか?

Posted by: tak at August 16, 2006 09:33 PM

こんばんはー。いや、たぶん考えてることは一緒なんだと思います。要するに靖国神社という存在の方向性、合祀の問題、その点なんですね、僕が気に入らないのは。「崇拝」というのも靖国神社が祀ってある戦没者を神格化しているというところに僕の気に入らないところがあるわけです。「戦没者=神」みたいな。A級戦犯の神格化に至っては言語道断です。僕の言う「指導者」というのは、現在の指導者、つまり首相その他の人たちを指すわけで、たぶん、takさんの記事を読んだときにその辺にちょっとした違和感を感じたので思わずコメントを書こうとしたのでした。言葉というのは難しいですね。いずれにしても、戦争に関してコメントするのは難しいなあと思いました。僕らは戦争を経験しているわけではないですから。

というわけで、よろしくお願いします(笑)。

Posted by: Sukeza at August 16, 2006 09:52 PM
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