wonder-ful world vol.14

「不思議なこと その14 佐川君からの手紙」

行く年、狂う年...

「変態」と云うのは確か流行語だったのではないか、と思い出したのだ。

あれは僕が小学生の頃、町に痴漢が出没した。いわゆる電車の中でお尻を触ったりする例の痴漢とはちと違う。何しろ僕の田舎の町には駅が無いのだ。この痴漢はどういう奴かと云うと、遭遇した人の話によると夜中にいきなり(恐らく窓から)女の子の部屋に忍び込み、全裸で枕元に正座する、と云うものである。考えてみるとこれは相当に怖い。この20年ばかり一階に住んでいるから特にそう思うのだが、部屋に入ってこなくても例えば真夜中に玄関と反対側の窓(つまりサッシ)をノックされて人影が見えたりしたら腰を抜かすほど怖い筈である。いやなに、先日帰りがけに久しぶりに昔飼っていた猫(ここ参照)と遭遇して、そう云えば昔よく夜中にサッシをガリガリとやってうちにやって来たんだったなあ、などと風呂に入りながら思い出し、ふとそのついでにもしそれが人間だったらシャレにならんな、などと思ったのだった。しかし、オレも暇だね。

それはともかく、かの痴漢が出没するようになってから、担任の先生が僕ら生徒に注意を促すために質問をした。
「痴漢て知ってる人」
まあ、小学生なんてもの、ハーイと一斉に手を上げるものである。
「夜中に裸で部屋に入ってくる人でーす」
冷静に考えるとものすごくハイパーな答えではあるのだが、これが当時は事実なのだからしょうがない。田舎の情報網と云うのはげに侮れないものである。しかし、犯人が捕まった覚えが無いので実際のところどうだったのかは定かでは無いが、この人は一体部屋に入ってから脱いでいたのであろうか?それとも最初から裸で忍び込んだのであろうか?確か記憶によると二階の窓からも入ったことがあると云う噂だったので、裸で二階の窓から入ると云うのも相当な荒業である。しかも、季節を覚えていないが、もし冬だったりした日には、寒風吹きすさぶ雪景色の東北の田舎で全裸で二階によじ登る図と云うのは、なにやらヒマラヤで修行する高僧のような崇高さが...あるわけは無いが、とにかく、変態であるためには人一倍努力を要することは間違いなさそうである。

で、このころすでに変態と云う呼び名は浸透していたと思えるが、確か「変態」が流行ったのは永井豪の「ハレンチ学園」がきっかけだったと思ったのだが、アレってそんな大昔だったっけ?ま、調べれば分かるのだが、さすがに僕もそこまでヒマでは無い。とにかく、何時の間にか立派な日常的な言葉として浸透してしまったのだった。永井豪は偉大だなあ。

別に全裸で枕元に佇まなくても立派に変態として通用しそうな人は日常的にそこここに存在していて、例えば先日帰省するときにいつもの飛行機ではなく新幹線で帰ってみたのだが、僕の座席の後方から出発直後からやけにデカい声で1時間以上も独り言を云っているオヤジの声が聞こえてきたが、これも立派な変態である。単に会話している声が一人だけ馬鹿デカかったのか、それとも延々と携帯で話でもしていたのか、鬱陶しかったのでわざわざ確かめもしなかったが、「テメエ、ナメんなよ」的な空威張りの声をいつ終わるとも無く張り上げ続け、謎なのはその合間に車内販売のコーヒーを買って、「ありがとね」なんて声も聞こえてくるところなのだが。僕ももしこのまま降りるまで続くのだろうかと考えると、変態オヤジに対する恐怖よりもふつふつと怒りが込み上げてきてキレそうになり、余程つかつかと歩み寄って「オッサン、ちょっと事務所来るか」とでもカマそうかとも思ったが、考えてみるとそんなことを新幹線の車内で云ったところで車掌と間違えられるのがオチなのでヤメておいたのである。

とまあ、そんなことはどうでもいいのだが、モノホンの変態と云うのは一目見れば分かるのである。何故なら顔に書いてあるのである。

数年前に僕がよく打ち合わせで使う渋谷の喫茶店でコーヒーを飲んでいると、かのフランスはパリにて女子大生を殺して食べて、しかもご丁寧に余った肉は冷蔵庫に保存して時折フライパンで調理していたと云う、M君も真っ青の日本を代表する変態である佐川君(仮名)を見かけたのである。最近のオウム裁判でやたら死刑を連発するのを見ても改めて思うが、人を殺しておいて鼻歌歌いながらフライパンでそれを料理して食べていた奴が町を闊歩してなおかつ週刊誌に記事を書いたり、あまつさえ映画にちょい役で出たり、懲りずにパツキンの女性とつきあったりと云う、一体全体ナニがどうしてどうしたんだと云う不思議な現象なのだが、このときもどうやら雑誌か何かの取材だったらしく、編集者らしき男女と打ち合わせをしているようであった。しかも二十代前半と思われる女性編集者(たぶん)は、まるで今で云う中田やイチローや松坂でも前にしたかの如くミーハーに顔を上気させていた。ああ、この人があの有名な佐川さんなのね、まあ素敵。わたしったらこんな有名な人を目の前にしているんだわ。

で、たまたま僕が勘定を払うときに彼らとレジのところでかち合った。すると、レジ脇にぼうっと立った佐川君の姿は、新聞の写真等では分からぬが身長160にも満たないのでは無いかと思えるほど小さく、しかもやけに頭部が大きい上に手足のバランスも悪い。何より歴史上の生来の犯罪者の特徴と云える左右非対称の妙に歪んだ顔には、これが変態でございとくっきりと書いてあるのであった。勘定を済ませて駅方面に向かうと、先に勘定を済ませていた例の一向が僕の先を歩いていた。途中で編集者と挨拶を交わすと、佐川君はきびすを返してこちらに引き返してきた。例の女性編集者だけを伴って。彼女は相変わらず顔を上気させて夢中で佐川君と話をしている。佐川君はなにやら落ち着かない目付きで彼女と話を交わしながら、二人は道玄坂のホテル街方面へと消えたのだった。

おいしかったかい?

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