May 10, 2006

今日は久々に仕事の打ち合わせに行ってきた。一緒に行く筈だったかつての部下から朝電話があって、体調不良のため(仮病だと思う)行けないという連絡が来たので、一人で行く羽目になった。神奈川県の片田舎まで、ちょっとした旅行気分で。約一年ぶりなので、話についていけるか心配だったが、アドレナリンのせいなのか、なんとか無難にこなした。もっとも、大した額の仕事ではないんだけど。それはそうと、今日は9時間+2時間半の計11時間半も寝てしまった。やれやれ。

保坂和志の「カンバセイション・ピース」を読み終わった。なんというか、帯には「小津安二郎の映画のよう」と記されているが、ある意味、小津の映画を退屈だと思わない人には読める、という意味だろうか。とにかく、何も変わったことは起こらない。延々と普通の日常が積み重ねられていくだけである。やたらとディテイルを積み重ねていく手法は、時として冗長ですらある。何も起こらない日常を、私(作者)の思惟のリズムで語られていくので、かったるいと言えばこれほどかったるい小説もあるまい。ある意味、哲学書に通じるものがある。読者は、この作者の思索にどこまで同調できるかということに、この本を楽しめるかどうかがかかっている。僕はどうかと言えば、正直言って、よく分からない。よく分からないままに最後まで読んでしまったという感じだ。こと細かに語られる作者の思索も、ときには難しすぎて、ときには入り組みすぎて、よく分からない部分も多かった。いったい、この延々と思索が続く小説がどういう終わり方をするのか興味があったことも確かだが、最後まで同じペースで、期待するようなものは何もなかった。この小説を楽しむには、作者と同じリズムになることが必要だ。そして、楽しむべきはそのリズムであり、思惟である。いずれにしても、一言でまとめれば、僕には退屈な小説だった。

Posted by Sukeza at May 10, 2006 11:07 PM | TrackBack
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