惨事

1月8日、月曜日。

風邪はよくなるどころか悪化の一途、鼻が詰まって息苦しくこうやって書くのも辛い。頭は終日ぼうっとしている。

で、体調の悪いときはやらないというルールを破って風邪の中相場のトレードをやって大惨敗。よりによって、土日で考えていたストップの幅を広げて逆指値ですべて決済してみる、という試み(つまり昔と同じやり方なのだが)をやったのがまったくもって裏目に出た。大体に於いて体調云々以前に週明けの月曜日でしかも東京は休日というときに午前中からポジションを取って持ち続けるなどというのはそもそも論外だった。まあそれだけ頭がぼうっとしていたということなのだが……。

途中昼寝もしてみたし、薬も飲んでいるのになんで今回は一向に風邪がよくならないのか。夜になって熱っぽいので熱を計ってもやっぱりないし、ハナをかみ過ぎて鼻の下が痛いし、唇はかさかさになるし息が出来ないし、正直どうにもならない。

で、夕方保険会社から電話があったのであれこれ訊いて、結局がん保険だけ入ることにした。というか、本日一番ショックだったのは、為替のトレーダーという職種では通常の医療保険の方は入れないということ。なんか不動産はやってないのかとかなんとかあれこれ言っていたけれど、要するに為替だけでは駄目らしい。もうひとつの保険会社にも訊いてみようかと電話してみたら休日らしく繋がらなかったので、もういいやという感じでがん保険の申込書を書いて夜に投函。なんていうか、何にも入っていないのもなんだから、というのが今回医療保険の資料をあれこれ取り寄せた理由であったので、がんにしか適用されないがひとつ入っていれば十分というか、一度がんになったのに入れるというだけでありがたいと思わなければと。

それにしてもしかし、鼻が詰まるとホントどうしようもない。自分は経験がないが、花粉症の人は毎年こんな感じなのだろうか。だとすると同情を禁じ得ない。

今朝は何時に起きたかというと9時24分なのだが、それよりも驚いたのは6時前に目が覚めたこと。で、ハナを思い切りかんでトイレに行って寝直したんだけれども。ろくに眠れないのではどうにも。ちょっと今日は頭が回らなくてギブアップ。

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私は風邪

1月7日、日曜日。

朝8時にパンパンという何やら騒々しい音で目が覚める。後で分かったのだがこれは町の朝市で、小学校の運動会とかで上げる花火のような奴を盛大に上げていたらしい。迷惑なことこの上ない。二度寝したものの8時53分起床。起きてみると風邪はよくなるどころか喉だけじゃなく鼻にも来ていて悪化していた。身体もだるい。これで完全に風邪をひいていることが判明。頭もぼうっとして気持ち悪くなるし、今日はとにかく風邪でダウン。それでも朝玄関を開けると雪が少々積もっていて雪かき。しんどいなあ。で、無謀にも午前中から業務に行ってしまった。要するにうちにいるとただ単に寝込むだけに思えたから。

で、ようやっとST中に当たった。つまり店の陰謀ではなかった。しかし3連、2連と続かず。結局全部打ち込む。風邪で頭回らないので思考停止的に。

帰宅後、昼食のパンの残りを食べるが気分が悪くギブアップ、ベッドに入って寝込む。するとようやっと寝付いたと思ったところで区長がやってきて起こされた。それで今現在一番の懸念である来年度からの隣組長をやるようにという話だった。ただでさえ具合悪いのに。この後ベッドに戻ったものの1時間ほど眠れず。

で、あまりにも隣組長が嫌なのでその後ネガティブな理論構築が暴走、町内会という組織まで論理的に否定する始末。こういう風に悪い方にだけ頭が働くというのは、いまだに自分がうつ病なんだなあと自覚する次第。風邪が酷いので今日は母のところに行けず、夕食後に町内会について弟に電話する。で、先ほど構築した理論をぶちまけたのだが、仙台の弟のところでも同じように町内会と隣組長(班長というらしい)があるということで、結果的にはただ愚痴をこぼしただけみたいになってしまったものの、お蔭で区長相手に大演説をぶつかそれとも町内会の総会でシステム全否定をするかという暴挙に走りそうだったのがそんなことをしても無駄どころかマイナスという当たり前のことにようやっと収まる。ただ納得しているかというとしておらず、なんか義務みたいになっているのはおかしいと思うのだけれど、どっちにしても出来ることは出来るが出来ないことは出来ないというそれだけのこと。とかくうつ病だと人間関係を破壊する方に思考が暴走してしまうので、弟に電話してよかった。

夜になっても風邪は一向によくならず。昔医者に風邪でかかると必ず処方されたパイロンPL顆粒が市販されているというのでドラッグストアに買いに行き飲んでみたがちっともよくならない。かといって熱があるのかというとむしろいつもより低い。なので、今日はさすがに風呂入るの無理かなあと思っていたのだが、結局入ってしまい髪を洗ってしまった。というのも今日髪を洗わないと四日髪を洗わないということになってしまうから。これで悪化したらどうしよう……。

そんなわけで今日は頭もよろしい方にまったく回らないし、鼻が詰まるのでぼうっとするし、たかが風邪とはいえこう具合が悪いとどうにもならず。南無三。

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前代未聞

1月6日、土曜日。

えーと何時ごろかな、ヘタフェの柴崎が後半途中出場した辺りからだから夜の10時過ぎになって、喉が痛くなった。基本的に、風邪をひいても扁桃腺が腫れたことなどほとんどないので気になる。やっぱり風邪気味なのだろうか? その柴崎は今日はボランチで起用された。柴崎のボランチを見るのは久しぶりだが、ゲームメイクをするレジスタとしては非常に機能するのでトニーニョ・セレーゾが柴崎をボランチで使いたがったのもなんとなく分かる。

それはともかく。

今日も昼前から業務に行って撃沈したのだが、その内容が酷い。最初客がついていたので回らない2番手を打っていたのだが途中から空いたので1番手のネタに移動、で、確変を2回引いたのに確率の1.5倍回せて理論上の継続率は80%のSTを2回ともスルー。まさに唖然。確変中に赤保留で外れたときは目を疑う。もしかしてホルコン(ホールコンピューター)で狙い撃ちでもされてるんだろうか……と勘繰りたくなる。しかしだったらそもそも確変を引けていないはずだし。これでトータル3回連続でSTをスルーしている。結局、ここに至って今年は少なくとも業務に関しては前代未聞にツイていないということになる。さすがにここまで来ると心が折れる。あんまりだ……。

今日は朝からずっと雪が本降りではないがちらついていたというか降っていたのだが、何故か積もらず融けるという不思議な日だった。日が落ちてからは例によって道ががんがんに凍り、母のところからの帰りは車のフロントガラスがバリバリに凍ってて前が見えなくて苦労した。

今日は後は何してたっけ?

ああそうだ、夕食後の夜、ヘタフェの試合がキックオフになるまで、ふとYouTubeで検索したら昔プロデュースしたインディーズのバンドの動画がいくつか見つかり、驚いたことにロンドンでのミックスがテレ朝の深夜番組「Breakout」でオンエアされたときの動画まで見つかって、その中の2回分に自分が映っていた。


ま、映ってるといっても一瞬なのでわざわざ見る必要ないです。

あとこれとか。

ちなみに朝は二度寝して10時13分起床。考えてみれば世の中は今日から3連休で、月曜は相場が動いているものの明日の日曜は何の予定もない。どうしよう。今日までのあまりの不ヅキに業務に行くというのもなんか心が折れてしまっているし……。喉が痛いの、風邪じゃないといいんだけど。

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ジタバタ

1月5日、金曜日。

今日は天気予報通りに雪は降らなかったので助かった。朝食後の珈琲を飲んでいると、無線LANのルータが届いた。これは予定通りで、今日からネットの回線をPPoEから最新のIPoEに変更するために、IPv6とIPoE、DS-Liteに対応したルータに交換する必要があるため。というか、ふと気づいたのだが、ルータを交換するまで普通に今までのルータで繋がっていたわけで、そういえばここ最近はネットが途切れたりすることもなかったのでルータを替えなくてもいいんじゃね? みたいなことが頭をよぎったが、ここはひとまず大人しく送られてきたルータに交換する。とにかく、プロバイダの話によると回線の混雑を回避できてなおかつ月々の費用も安くなるということなのだから。

ルータを替えて有線のLANを繋ぐと当たり前だが普通にデスクトップのネットは繋がる。で、問題は今回送られてきたNECの無線ルータが比較的距離に弱い(電波が弱い)ということで、これまで使っていた中継器を使う必要がある。で、中継器のマニュアルを見ながらやってみたが、2.4GHzと5GHzのデュアルバンドなのに中継器が2.4GHzの方しか認識しない。まあそれでもいいっちゃいいんだがなんだか損している気がする。ルータのマニュアルを見てルータの設定画面をPCで見るがどこが問題なのか分からない。なので、まずはプロバイダのサポートに電話して問い合わせる。ここから驚くべき展開に。なんと2時間近くサポートのお姉ちゃんと電話で話していたのだが結局解決せず、一旦電話を切って中継器のメーカー(TP-Link)のサポートに電話することにした。

で、サポートのお姉ちゃんの言う通りにまずは中継器を初期化(リセット)して、それからTP-Link Tetherというアプリをスマホにインストールして、そのアプリから中継器を設定するとあーら不思議、ちゃんと5GHzも認識するようになった。と文章で書くと二行ぐらいだが、実際はこれまたサポートのお姉さんと1時間ばかり電話していたのだった。かくして、都合なんと3時間もサポートと電話してようやく無線LANの設定完了。ここまで悪戦苦闘するとは思わなかった。が、まあ2.4GHzだけでもいいやと諦めなくてよかった。

そんなこんなで、なんだかんだ2時を過ぎてしまった。昼食のパンを食べると3時を回った。何をするにもあまりにも中途半端だが、一応相場の想定をする。が、今日は夜に雇用統計があるので様子見(結局トレードはしなかった)。そんなわけで3時半過ぎから業務に行くという珍しい展開に。案の定それなりに混んでいた(しかし普通はもう正月休みは終わってるはずではないか?)ものの、お目当てのネタは空いていた。しかしながらまたもや継続率80%のはずのSTを一回も当たることなくスルー。唖然。結局今年になってツイていたと思ったのは元日だけで、以降はひたすら不ヅキで貯玉もジリ貧になってしまった。貯玉をフルに使えるのはあと一回。あまりにしょぼいが5時半近くに諦めて帰途に就き、今日は忘れずにスーパーに寄って朝食用のパンを買った。

前述のように今日は確かに雪は降らなかったのだが、それはそれで、どどどっと音がして見に行くと玄関の屋根から大量の雪と氷の塊が落ちていて結局雪かきをする羽目に。で、先にスーパーで買ってきた弁当で夕飯を済ませてから6時半過ぎに母のところに向かうころには、例によって道がガチガチに凍っていた。というか、驚くべきことに駐車場まで凍っていて滑りそうになった。

帰宅後の夜は雇用統計。前回の轍を踏まないように、今日はぐっと堪えてポジションは取らなかった。なので見てるだけ。これはこれでもどかしい。なんてことをしていると夜が更ける。

という具合に、気分的には一日の半分ぐらいをルータと中継器の設定に悪戦苦闘していた気分。自分では比較的こういう設定には強い方だと思っていたのだが……。前述のTP-Link Tetherというアプリも中継器のマニュアルをよく見るとちゃんと載っていて、要するに自分がちゃんとマニュアルを読んでいないということに気づかないほど、唖然とするほどただのおっさんになっている自分がいるのだった。サポートがないと何もできないおっさんに自分がなるなんて、夢にも思わなかった。この分では格安SIMを導入するときにもバタバタしそうで先が思いやられる。

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As it is

1月4日、木曜日。

今日は特にこれといって特筆すべきこともなく、久々に今聴いている曲をタイトルにした。どうも午後昼寝する前までの記憶が怪しい。朝雪かきしたんだっけ? みたいな。たぶんそれは、午後になってから晴れたからかもしれない。朝は雪が降りしきっていて、午後も雪かきかもしれないと思っていたのだが。

朝食後雪かき。積雪が思ったほどでなく、除雪車も入っていなかったので所用時間は13分。それでも疲労困憊。この時点では前述のように雪が降っていた。昼過ぎから業務。無駄足。昨日よりも混んでいた。一体いつの時点で晴れたのかよく分からないが、とにかく業務を2時半ごろに引き上げるころには外は青空だった。それで隣町の業務スーパーにドレッシングとマーガリンの買い溜めに行ったのだが、晴れているといっても圧雪路なので恐る恐る運転。帰宅後相場のトレードも、どこかの時点で昼寝。指値が成立する音で目が覚める。

例によって6時半ごろに母のところに行くころには道ががんがんに凍っていた。で、帰りがけにスーパーに寄って買い物。これがまったくもって不思議なことに、手帳にチェックボックスつきで「パン」と書いていたのに、昼食用のパンばかりが頭にあって朝食用の食パンを買うのをすっかり忘れてしまった。一体何しに行ったのか。で、いつも昼食用に買っている「湯こねブレッド」がなんと半分で20円の値上げ、つまり40円も値上げしていて唖然、買うのをやめた。代わりに黒糖ロールを買う。野菜を買おうと思ったのだがどれもびっくりすほど高くて手が出ず、多少値引きされていたレタス半分だけを買う。しかし、インフレ目標2%が達成できないだのへったくれだのと言っているが、こと野菜に関してはインフレ率は50%ぐらいじゃないのか。野菜だけじゃなく肉まで国産の高いものしかなく断念。夜で値引きされていた弁当を買って夕飯に。

帰宅後、夕方から持っていた相場のポジションがプラスに転じていたので欲をこかずに利確。その後の夜の指標時もチャートを見ていたが、ほぼ様子見。しかし、今日になってユーロドルがアホみたいに上がって、なんで昨日みたいに全力で買っているときに上がらないんだ!と憤然。ツキがないのか読みが甘いのか。

それはともかくとして、母のところで天気予報を見たところによると明日は終日曇りで雪が降らないことになってる。本当だろうか。どうせ夜になると降るんだろうなと思うが……。ところで昨日コーラをぶちまけたPCのキーボードだが、奇跡的にどこも問題ないようだ。何故大丈夫なのかその辺がよく分からないが、とにかく壊れるよりはずっといい。

真面目な話、今日はあまり書くことがないのでこの辺で。

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またもや埋もれる世界

1月3日、水曜日。

というわけでよく分からないがどうやらこれが初夢らしい。だからどうというわけではないけれども。

それはともかく、今さっき、これを書いている最中に相場のポジションをポチったときにコーラを思い切りPCのキーボードにぶちまけてしまった。なんてこった。慌てて逆さにしたり拭いたりはしたが、何しろ水ではなくてコーラだから乾いたときにどうなるか。まったく頭が痛い。

閑話休題、日記に戻ると、朝から外は物凄い吹雪、またもや世界は雪に埋もれていた。

とにかく朝食後に雪かきをしたが、想定以上に積もっていた上に除雪車が入っていた。所要時間20分。疲労困憊。とはいうものの、前述のように雪が本降りで吹雪いていたので雪かきを終えたところにすぐ積もってしまう。焼け石に水っぽい感じ。そんな具合に昼ごろまでは凄い勢いで雪が降っていて、これはとても出かけられないなと。で、相場の想定をして指値を置き、昼前に試しにひとつユーロドルのロング(買い)。そんなことをしていると外は日が差してきたり吹雪いたりという訳の分からない天気。雪が小止みになったところで日が照ってきたので本日2回目の雪かき。で、昼前のポジションはそのままにしてちょっとだけ昼寝。それからポジションをひとつ買い増し。

で、外が晴れているうちに母のところに行った方がいいだろうと思って相場のポジションはそのままにして4時ごろに母のところに行く。ところが4時を過ぎて日が落ちてくる頃合からまたしても物凄い雪に。母のところにいた一時間あまりの間に駐車場に停めた車はもちろん、そこら中に雪が積もっていた。

帰宅すると昨日は4時から上がったのに今日は4時からユーロドルがガタ落ちして指値が2つついて買い下がる形に。結局これは夕食後にストップがついてしまう。というわけで本年初のストップでのロスカット。それでも懲りずに買いのポジションを持ってみるがまだ下がりまたしても損切りをする羽目に。結局、これはルール違反だけれどさらに買い下がってポジションを作り、少しだけ挽回したものの、またしても利食いを待ち切れず、あと25分というところが粘れなかった。しかしながら結果的にユーロドルはそれ以降戻り売りにあって下がり、安値を更新する形になったのでまあ利食いできた分だけまだいいのか。

と、そんなわけで新年早々相場二日目にして早くもストップがついて損切りした上にルールを破ってポジションを持つ始末で、これは先行きが思いやられる。と思っていたところにコーラをぶちまけたわけである。やれやれ。

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帰還

1月2日、火曜日。

とりあえず初夢であるかどうか以前に覚えていないのではしょうがない。一応今晩見る夢を初夢とすることにしよう。

予報では今日からずうっと雪ということだったが日中は雪は降らず。中途半端な時間に起きたこともあるが、1月2日という日がいまひとつピンと来ず、何をどうしたものか分からない。一応相場は今日から動いているものの東京市場自体は3日まで休みなので、日中はあまり動かないだろうと。実際動き出したのは欧州時間である4時ごろからだった。昼ごろにちょこっとトレードしてみたもののすぐに利確、ひとまず欧州時間まではということで今日も業務に行ってみる。が、案の定昨日よりも混んでいた。で、昨日がそこそこツイていたので今日は深追いせず。カスを引いたところで持ち玉だけ打ち込んで撤退。帰宅後、若干昼寝をして夕方から相場のトレード。なんていうか新年早々最初のトレードでは負けたくないという縁起を担ぐ気持ちが半ばあるのであまり積極的にはなれない。4時以降は分かりやすいドル売りの流れだったのだけれど、少しずつしか取れず。

6時半ごろに母のところに行くころには外は盛大に雪が降り始めていた。この二三日でようやく融けた道路の雪もこれでまた積もってしまうのだろうか。相変わらず天気予報はこの先ずっと雪の予報。母のところの帰りがけにスーパーに買い物に寄ってから帰宅。夕飯を食べ終わってストーブであったまってきた9時前に早くも眠くなって焦る。もちろんだからといって寝たりはしないのだが、こう眠気があると相場のトレードもやる気がせず夜は自重。

今日はひとついいニュースが。ウニオンベルリンの内田篤人が正式に鹿島に復帰することが決まった。これはナイス。これで西を左サイドバックでも使えるし、右は伊東幸敏もいるしなんか急に鹿島の選手層が厚くなった気が。できればセンターバックを補強して欲しい気もするが。いずれにせよ、本調子に戻った内田を早く見てみたいものである。今からリーグ開幕が待ち切れない。

なんていうか、日記にたいして書くことがないくらい今日はなんとなく一日が過ぎた感。今書斎のカーテンを開けて外を見るに、どうやら明日の朝は雪かきになりそう。まあ本来なら元日から雪の予報だったので致し方ないか。

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ミッドナイト・イン・パリ

1月1日、月曜日。

何故か9時22分という比較的まともな時間に起床。先週の予報では確か元日は雪だったような気がするが、雪は降らなかった。起きてみると年賀状が届いていた。それも予想外に多く。何しろ年賀状は2枚しか書いてない。チェックすると返事を出さなければならないのが4枚。後は母宛て。一枚、5年前に亡くなった父宛てのものもある。いずれにせよ年賀はがきを買いに行かなければならないし、寺に御年始を持って行かなければならない。寺には毎年午前中に行くのだが、今年は10時から祈祷会をやるということだし、11時過ぎに寺の前まで来たら駐車場が一杯だったので諦めた。で、そのまま業務に行った。元日から業務。しかし、天皇杯決勝のキックオフまで、他にすることが思いつかなかった。

すると、案の定比較的ツイていた。最初に引いたのはカスだが時短で引き戻して9連、その後5連。2万発を超えたところで帰途に就く。帰りがけにコンビニに寄って年賀はがきを5枚、普通のはがきを一枚買ったが、年賀はがきよりも普通のはがきの方が10円高いということを知らなかった。それから寺に寄る。途中の道すがら、この町に一軒しかない本屋が閉店して貸店舗になっていて驚く。午後なので寺では玄関先で御年始(3000円)を渡しただけ。

帰宅後、ちょうどキックオフになった天皇杯決勝、セレッソ大阪対横浜Fマリノスの試合を茶の間のコタツに入って見始めたのだが、コタツで観戦というのはきつい。横浜が先制したところは見届けたのだが途中で眠くなって寝てしまい、目が覚めると前半が終わっていた。なので、コタツで見るのは断念して後半は台所で見る。延長戦の結果、セレッソが2-1で勝って優勝。だがどっちでもいい。

夕方、買ってきた年賀はがきにネット上で拾ったデザインを印刷して、宛名書きもワードでやろうとするが久しぶりなのでてこずる。それに、普段月に一度クレジットカードの明細をプリントする程度なのに何故かシアンとマゼンタのインクが切れて交換。納得いかない。

印刷にてこずっているうちに母のところに行くのが遅れた。一枚だけ、母の友人への年賀状を印刷して、宛名は僕が書き、母に名前とあいさつだけ書いてもらう。で、帰りがけにポストに投函。

夜はアマゾンのプライムビデオでまずアリエル・ヴロメン監督「THE ICEMAN 氷の処刑人」を見た。まあタイトルから分かるように実在した殺し屋、ククリンスキーが逮捕されるまでを描いた映画だが、正直後味が悪く、元日に見るような映画ではなかった。まあ殺し屋の映画だから。それで口直しに久しぶりにウディ・アレン監督の映画を見た。「ミッドナイト・イン・パリ」。

それはともかく、毎年悩むのが初夢がいつの夢かということだ。元日なのか二日なのか。そもそももう日付の上では二日になっているから、昨夜の夢が元日の夢になるのだろうか。とすると、こういう夢だ。

初夢にはいくつかの説があって、元日でも二日でもよさそうだが、僕の夢の傾向からして道に迷う夢を見る確率が非常に高い。ウディ・アレンの映画の主人公はパリで道に迷ってロマンチックな時代にタイムスリップしてロマンチックなハッピーエンドになるが、果たして自分はどうなのか。無駄かもしれないが例年のように宝船(実は帆掛け船)を折って枕の下に置くとするか。つまり、そういうところだけはロマンチックなのだ。

しかしなんだろうな、道に迷う夢をむしろ見たいと思うとは。

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除夜

12月31日、日曜日(→1月1日、月曜日)。

これは2017年の大晦日の日記ではあるのだけれど、年が明けたのでここはやはり、あけましておめでとうございます。いまさらながら、除夜の鐘って年をまたぐんだなと。なんだかさっきからゴンゴン凄い勢いで鳴っております。なんかテンポ速くて、本当に住職が突いているのかと。忙しない。

なんだか年が明けてから大晦日の日記を書くというのは、まったくもって気分的にいまさら感が凄い。なんつーか、新年の気分に水を差すような気が。

(と、ここで忘れないうちにカレンダーを新しいものに取り換える。)

かといって新年の抱負というものも特になく、強いて言えば大晦日も業務で無茶苦茶ツイていなかったので、確率が確かに収束するのであれば今年(2018年)はツイていなければ辻褄が合わない。もちろんツキがないというのはよろしくないことなのだが、かといって一概に悪いこととも言えず、特に後悔するというようなことではない。運不運やツキというものは自分でなんとかできるものではないから。例えば業務に関していえばひたすら場数をこなすしかない。つまり、バカボンのパパ的に、それでいいのだ。

おっと大晦日の日記はというと、今日は天気予報どおり雪は降らず、雪かきをせずに済んだ。前述の業務に行った以外では、大掃除というものは出来ないしやる気もないのだが、常日頃掃除というものをほとんどやらないので、相対的に「普段よりは大掃除」という感じで玄関と廊下、台所に掃除機をかけて、テーブルの上を少々片付けて、流しの周りを少々掃除というか片付ける。それから常々捨てようと思っていた使い終わったシャンプーの容器とか、缶詰の缶とかをごみ箱に。要するにそれぐらい毎日とは言わないが毎週ぐらいやれよ、ということなのだろうが。

6時半過ぎに母のところに行って、いつものように手を取ってホールを2周歩いて、それから一緒に紅白を見た。というか、母はほとんど目を瞑っていて見てない。帰宅後、蕎麦を茹でて年越し蕎麦で夕飯。だが案の定物足りなく冷凍庫にあった鳥のから揚げもチンして食べる。なんとなくずっと紅白をつけていたのだが、ただ椎名林檎が見たかっただけで、それまでの珍妙な恰好をした連中が歌ったり踊ったりするのを見ているのはことのほか馬鹿らしく、2017年最後の時間をいたずらに消費している感。で、肝心の椎名林檎はトータス松本とのデュエット(そうだった。忘れてた)でがっかりして紅白に見切りをつけてテレビを消す。で、清水潔「殺人犯はそこにいる」に酷似しているというアマゾンオリジナルのドラマ「チェイス」を2話分見る。ということをツイッターで呟いたら、清水本人にリツイートされてもう年が変わろうという頃合に凄い勢いで自分のツイートがリツイートされてなんか微妙。昔は風呂の中で年を越すことが多かったが、今日は年が明けないうちに風呂に入る。で、除夜の鐘が微妙に忙しないテンポで鳴るのを聞きながら、煙草を一服して年をまたいだ。

そんなわけで昨年(2017年)はなんかしらツキがない印象だったので、今年(2018年)はツイてるはず。お願いします。鋭意努力。

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平成

12月30日、土曜日。

これは30日の日記だけれど、恐らくというか間違いなく今年書く最後の日記になるだろう。明日の日記を更新するころには年が明けているだろうから。

昨夜年賀状を書いていて「平成三十年 元旦」と書いて、そうか来年は平成三十年なのかと。今夜はレコード大賞のような無粋なものは見ずに、YouTubeでイカ天の特番の動画を見ていた。イカ天、つまり「いかすバンド天国」は平成元年に始まって平成二年に終わっていた。記憶に残っているバンドのほとんどが最初の一年、つまり平成元年に出演したバンドだった。ということはもうほぼ三十年前ということになる。三十年。平成元年は天安門事件とベルリンの壁が崩壊した年だ。

1989年。僕は業界の現場に入って四年目、休みは月に2日あればいい方、毎日深夜までスタジオでレコーディングの日々だった。もっとも、そのスケジュールを組んでいるのが僕自身だったが。イカ天は当時のボーヤ(ローディ)に教えてもらった。ギターの北島健ちゃんとかが審査員でボロクソ言ってて面白いと。で、毎週スタジオのロビーで見ていた。まだバブルのころだ。考えてみると、あのころは一番面白かった。表参道の青山通りを走っている車はベンツとかサーブとか外車の方が多かった。そして、その車よりも威力を発揮したのは白紙の領収書だった。僕はタクシーと蕎麦屋の領収書を一冊ずつ持ってた。打ち合わせで落とすために昼食はわざわざ高い店に入った。毎晩深夜2時3時までスタジオでレコーディングして、それから新宿や渋谷のテレクラに行って、明け方に見知らぬ誰かと待ち合わせた。今考えると途轍もなくパワーがあった。何もかもが面白いと思える時代だった。もう一日が過ぎるとそれから三十年なのか。明け方の駒沢通りのデニーズも、世田谷通りのロイヤルホストも、環八のイエスタデイもプレストンウッドも、遥か遠くに過ぎ去ってしまった。

当初は今年を回顧しなければと思っていたのだが、気がつくと平成という時代が始まった三十年前を今日は思い出した。毎日が必死だった。無茶苦茶やってた。それから三十年後の今は、真っ当にならなければと必死になってる。だがたぶんそれももう手遅れ、土台無理なんだろうな。今日も業務に行った。で、唖然とするほどツイていなかった。相場も試行錯誤を繰り返して負け越し、なんだか今年はツイていた日が数えるほどしかなかったように思える。その中でも久しぶりに東京に行った三日間はツイていたのだろう。結果的にその三日間が今年で一番楽しかった。

それにしてもバブルのころのあのそこら中に幸せが充満していた感じ、あれは一体なんだったんだろう? バブルというぐらいだからただの見せかけだったのだろうか。しかし、果たして見せかけだけの幸せなんてあるのだろうか? なんだかいいことがどこにでも転がっている感じ、それはまさしく幸せだったんじゃないだろうか? 考えてみればそれを二十代後半という時期に体験できたというのは、やはり幸運だったように思えてならない。

中古車を買って、深夜の駒沢通りを、246を、環七を、湾岸道路を走り回っていたあのころ。それが例え深夜の3時過ぎであっても、僕は並々ならぬ期待にいつも胸を膨らませていた。詰まるところ、三十年前はまだ何かに期待できる時代だったのだ。

それがどこをどうしてこうなったのか。うつ病になって、震災が来て、癌になって、父が亡くなって、北朝鮮が核実験やミサイル実験を繰り返すようになって。今がとりわけ不幸だと思っているわけではない。三十年前にはネットがこれだけ普及していなかった。スマホなんてなかった。それに久しぶりに訪れた東京は、店員がガイジンばかりで何語が分からない言葉が飛び交う不思議な近未来の街になっていて、それはそれなりに何かしら面白いもの(それが何かは分からない)を孕んでいた。田舎に住んでいるとそういう変化はない。平和といえば平和、そろそろ実家に戻って5年になるが、毎年毎年同じように一年が過ぎていく。本当に何も変わらないように。そして、その中で自分だけが迷走している。三十年前にテレクラで見知らぬ女の子と待ち合わせして深夜の湾岸道路を期待と不安に胸を膨らませて走っていたとき、考えてみればあのときだって迷走していたのだ。

幸せであるように、心で祈ってる。(FLYING KIDS「幸せであるように」)

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