業務論、春の雪

3月13日、水曜日。

昨日注文した多少解像度の高いWebカメラがアマゾンから届き、免許証を持ったセルフィーを撮り直して、ようやっとこのところの懸案であった決済システムのbitwalletの認証が夕方に下りた。それにしてもスマホのHuaweiもそうだけれど、最近のこの手の中国製品は精度が高いことに驚かざるを得ない。かつてのメイドインチャイナの印象が、少なくともIT関連では変わりつつある。WiFiルータのTP-Linkも高性能だ。もう中国製かよ……とがっかりする時代ではなくなっている。

今日は昼を挟んでちょっとだけトレードした。昨日はノートレードだし、今週に入ってからびっくりするほど相場のポジションを取る回数が減っている。つまりそれはトレードの環境を整える方にばかり頭が行っているせいなのだが、今日も20ピップス取れたし結果オーライになっている。

今日もまた病院で母の足の傷の手当をするところに遭遇、改めて母の左足の傷を確認してあまりにも酷くて驚いた。以前、少なくとも今年の初めぐらいまでは左足の足首の付け根に沿って傷があったのだが、今日見ると不思議なことにそのあたりの傷は埋まっており、代わりに足首の右側に深い傷があり、足の甲の先の方にも傷が出来ていた。右側の傷は看護師が骨が見えますよというぐらいに白く深い穴になっていた。無残なこと極まりなく、母が可哀そうでならない。もっと早く手術を受けさせたかったといまさらながら思う。

病院には2時半から4時半ごろまでいて、帰りがけに久しぶりに途中にあるドトールに寄って本を読んだ。先日アマゾンから届いたカーティス・フェイス「伝説のトレーダー集団 タートル流投資の魔術」。以前未読のままfragmentsにネットで拾ったレジュメを載せた本だ。タイトルにもあるように、たった二週間の教育を受けただけで驚異的な利益を叩き出したタートルと呼ばれるトレーダーたちが一体何を教えられたのかという非常に興味深い本だ。3分の1ぐらいまで読んだが、驚くのはタートルたちがエッジ(優位性)として教えられたものが業務のボーダーライン理論とほぼ同じであったことだ。つまり確率論に基づいている。考えてみれば当たり前なのかもしれない。問題はトレードに於いてそれを実行するのが人間の感情や心理面から非常に難しいということである。

業務のボーダー理論は非常にシンプルで、回転率がボーダーライン、つまり期待値が0になるラインを上回れば期待値がプラスになるので、回数を重ねていけば確率が収束して結果プラスになるというものだ。もはや非常にポピュラーで、いまどきは雑誌を読む人なら誰でも知っているはず。しかしながらこの理論はシンプルであるが故に非常に強力だ。とにかくボーダーラインを上回る台をひたすら打てばいいだけなのである。そこにはなんら迷いがない。そして釘が読めれば強烈なエッジになる。釘を読んで期待値がプラスの台を判別できれば後はただひたすら打つだけだ。だからいかに酷いツキでまったく当たらなくても、期待値はプラスなのだからと自信を持って打ち続けることができた。

かように業務というのは非常にシンプルかつ強烈なエッジがあるのでいわば釘読み以外は誰にでもできるものだ。この際だからここで釘の読み方を解説してもいいのだがゲージの図を書くのが面倒だ。見るのはたった3か所でいい。ヘソと寄り釘と道釘、これだけである。場合によっては(滅多にない酷い店では)アタッカー周りも見なければならない場合もあるが、そこまでして出玉を削るような店では打たない方が無難。

このように業務のエッジは非常にわかりやすいが、こればかりは自分ではどうしようもない致命的な欠点がある。それは釘を自分で叩けないということだ。つまり、期待値がプラスの台を打ってツキがなくて負けたとする。理論上は同じ期待値の台をひたすら打ち続ければ確率が収束して結果的には勝つことになるが、翌日釘をシメられて期待値がマイナスになっては確率の収束のしようがない。前提となる期待値が変わってしまうのだから。要するに必ずしも今日の釘が残るとは限らないということである。昔僕が通っていた渋谷の店のように、500台ぐらいあってそれなりに定期的に釘の開けシメをする店があれば、釘さえ読めればひとつシメられても他の期待値プラスの釘の台を見つければいい。この場合の業務というのは非常に優位性、つまり明快なエッジがある。ところが困ったことにこれはまったくもって店次第なのだ。あるときから店が方針変更をして全台を期待値マイナスになるように釘をシメられたら(普通によくある)どうしようもない。打つものがないのだから稼働自体がストップしてしまう。このように業務の欠点は環境に決定的に支配されるという点だ。それに加えて最近は規制のせいで仕様上の期待出玉自体が大幅に減っているので、昔よりも期待値プラスの台を見つけるのは遥かに難しい。うちの近辺のように、期待値プラスの台がゼロということが今では当たり前になってしまっている。だがそれは業界自体が自分で自分の首を絞めているのと同様で、この状態が続けばいずれは業界自体が淘汰されてしまうだろう。

おっとつい力説してしまった。話を元に戻すと、トレードは業務のように環境によって期待値が支配されるということはない。だからボーダー理論のようにシンプルかつ絶対的なエッジがあれば物凄く有利なはずなのである。理論上は。しかし、そのエッジというものを見つけるのが物凄く難しい。少なくとも業務に於けるボーダー理論のように絶対的なものはない。簡単な話、未来を予測することはできない。これから相場のレートが上がるか下がるかなんて誰にもわからない。これはつまり負けて当たり前なわけで、負けることもエッジとして組み込まなければならないということ。それはボーダー理論も同じだ。勝ちも負けもあってトータルで勝つ、エッジというものはそういうものだ。

とは思うものの、自分は延々とボーダー理論をやってきた実績はあるものの、相場のトレードとなると不思議なくらいにそういうマインドでできない。いわゆる行動経済学的な落とし穴から抜けることがなかなかできない。例えば利益が出ればすぐに確定したくなって損が出るとなかなか確定したがらない、というような。要するに損小利大ではなく損大利小になってしまう心理構造。理論上はリスクリワードを1:2にしてひたすら試行を重ねれば50%の勝率でプラスになるはず。つまりコインの裏表でトレードしてもプラスになる理屈なのだが、実際はそういう風にいかない。確率論と期待値を信じて鉄面皮で一日10時間も業務で打ち続けられた(それも10年以上にわたって)自分が、同じことを相場ではできない。いまのところ。まったくもって厄介なのは人間の感情と心理だ。自分は長いことそれを克服してきたはずなのだが……。

いい加減長文になってしまった。ドトールに寄って今日の帰りは夕方の6時過ぎになったのだが、帰り道から雪が降り始めた。最初はみぞれ、それからちょっとした吹雪のような降り方に。例年であれば3月に雪が降ることなど当たり前なのだけれど、今年はもうすっかり春になったつもりでいるのでちょっと驚いた。いずれにせよ、一晩中降り続かない限り積もったりはしないだろうけど。

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つけびの村

3月12日、火曜日。

10時3分に頼んでいた引き出物のカタログが届いて起こされた。ここ数日なかなか解決しない問題のため午前中に役場に行って住民票をもらってくる。それをアップロードして海外の取引会社の口座を作ることは完了したが、それ以上に悩ましいのはその海外の会社から出金するために必要な決済サービス、bitwalletの認証がなかなか下りないことだ。マネーロンダリングを防ぐために認証基準が非常に厳しい。シンガポールの会社なのでサポートに電話しようと思っても何故かスマホからは国際電話がかけられない。ならばというのでチャットを試してみる。明らかに白人女性である相手が出てきたが普通に日本語で大丈夫か訊ねると大丈夫だという。実際、下手な日本人よりも達者な日本語で返答が返ってきて、これはプロファイルの名前と写真が間違っていて実は日本人なのでは、と思ったくらい。結局彼女と対話して分かったのは免許証を手に持って写すセルフィーが鮮明じゃないので承認が下りないということ。まず免許証を持っている腕が全部写っていないとダメというのでスマホで苦労して撮り直してアップしたものの、免許証の文字が読めるくらいに鮮明じゃないとダメだということで、何度か試みてこれならなんとか読めるんじゃないかというものをアップしてもまだ十分じゃないということ。今日のところは一旦諦める。それで分かったのは、ノートパソコンのWebカメラと手持ちのスマホでは限界があるということ。しょうがないのでアマゾンでそこそこ高性能っぽいWebカメラを注文。なんか余計な買い物をしている感もするが、ちゃんと映って音声もちゃんと録れるWebカメラは以前から欲しかったのでまあいいか。

そんなことをしていると病院に行く時間になり、というのも今日は4時半キックオフでACLの鹿島の試合があるので、早めに行こうと思っていたのだった。今日はたまたま母の左足の傷の手当をしているところに遭遇。看護師に悪くなっていませんかと訊いたら悪くなってはないですということだったが、見ると以前はなかった足の甲の部分にも傷が出来ていた。母はときどき痛みを訴える。3時半過ぎに病院を出る。

そんなわけでACLグループリーグ、山東 2-2 鹿島。アウェイなのでどうなることやらと思って見始めたのだが、前半立ち上がりからいきなり伊藤翔が2ゴールを決め0-2とリード、こんなに上手くいっていいのかな? などと思っていたらペナルティエリア内で三竿がハンドを取られてこれがPK、決められて1-2、さらに同じイタリア人FWに2点目を許し2-2のタイスコアになってしまった。結局試合はそのままドローで終わったが、十分勝てた試合だっただけに残念。とはいうものの、今日はPKを献上したというだけでなく三竿の出来がことのほか酷く、アウェイで勝ち点を取ったというだけで上出来なのかもしれない。それにしても伊藤翔、鹿島に移籍してからの活躍はまさに水際立っている。ちょっとびっくり。その一方で今季から10番をつけた安部裕葵は冴えない。今のところは鹿島の10番のプレーとはとても言えない。

夕食後、ツイッターのタイムラインで見かけた「つけびの村」という山口連続放火殺人事件のルポを読み始めたら面白くて止まらなくなった。noteで途中から1話100円になるのだが、最後(6話)まで一気に読んだ。およそ現在の事件であるということが信じがたいほど奇怪な話。いまだにこんな場所が現代の日本に存在しているのかという。

そんなわけで今日はこれだけで一日が終わり、ちらちらとレートは見ていたもののとうとうトレードは一度もしなかった。明日Webカメラが届く予定だから、いい加減bitwalletの問題をクリアしたい。じゃないと一向に先に進めない。

ということを書いているとピエール瀧がコカインで逮捕されたというニュース。余計なことを書きそうになるから今日はこの辺でストップ。

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Chain Reaction

3月11日、月曜日。

曜日の感覚がなくなりつつある。今日が月曜日であるということもピンと来ない。昨日と今日の違いはというと相場が動いているかどうかぐらい。同じように今日で震災から8年というのも時間の感覚がまったく掴めない。長いのか短いのか。随分昔のことのような気がしないでもない。自分の中では、8年前のことも18年前のことも28年前のこともすべて記憶としては大差ないような感覚になっている。

毎日同じことを考え、毎日同じように物事が進まない。何も解決しない。例えば今日であったら病院の帰りに久しぶりに回転寿司で夕飯を食べたのだが、それにしてもコンビニの弁当を買って食べるのと感覚的には大差ない。停滞感というのともちょっと違う。相変わらず一日の時間の配分の加減がまだ整理がついていない。今日は4時過ぎに病院に行って、帰宅したのは8時近かったか。

夜になって台所のノートパソコンの動作が極端に重くなって使い物にならなくなった。例えばエクスプローラーひとつ立ち上げるのに数分かかるという具合に、まるで20世紀のパソコンみたいになった。またバックグラウンドでウィンドウズの更新をダウンロードしているのかと思ったらそうでもなかった。とうとう壊れたのか。そう何年も使ったわけでもないのに。そうかと思ったら、今度は一階奥のトイレの水が出っ放しになって止まらなくなっていることに気づいた。蓋を開けてみたらどうやらタンクの中の栓がずれていたようだ。ひとまず手動で栓をして応急措置をしたが、どうしてこういうことは連鎖反応のように続いて起こるのだろう?

なんだが自分のコミュニケーション能力もちょっとおかしい。夜、無性に弟に電話したくなってさしたる用件もないのに電話したのだが、先日上手くコミュニケーションが取れなかった後遺症なのか、どこか会話がぎくしゃくしてしまう。少なくともそう感じてしまう。なんていうか、空気がスムーズじゃない。

そういえば病院ではこんなことがあった。

まあこれは結果オーライという話なのだが。

ともあれ妙に忙しい感覚は消えず、恐らくそれは一日の時間を有効活用できていないせいだ。そうは思うものの、人間というものはそうそう器用には立ち回れないようにできている。昨日の日記に書くのを忘れたが、ギターの鳴海が2015年に亡くなっていたということを知り驚く。僕が仕事をした中ではもっとも腰の低いギタリストだった。

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Sundays

3月10日、日曜日。

気がつくと母が入院してからもう6日目になる。どうもいまひとつピンと来ない。まだ慣れがない。今日の日中は17度まで上がりすっかり春の気配。昨日と同じように1時半前に病院へ。4時に精神科の予約が入っているので3時に病院を出る。一旦帰宅後念のために何時に行ったらいいか電話すると5時に来てくれという。やれやれ。結局診察の時間が訪れたのは5時半だった。

なんだかやけに忙しい感じがする。毎日病院を往復していると時間的な余裕が本当にない。昨日今日と土日という感覚もまったくない。強いていえばバイパスの交通量が平日より多いかなというぐらいで。どの時間帯に病院に行くのがベストなのかもまだよく分からない。どうすれば一日のリズムというものが作れるのだろう。今日もちょっとした調べ物をしただけで一日が過ぎていく。

今に始まったわけではないが耳鳴りがする。そういえば10年ぐらい前に9歳年上の友人であるI泉さんが普通に耳鳴りとかするよと言っていたのを思い出す。ああこういうことなのかなと。あのころのI泉さんよりも今の自分の方が年上になってしまった。

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On a sunny day

3月9日、土曜日。

何時ころだったか、確か8時台だと思ったけどトイレに起きて、ちょっと尋常じゃないくらい長い小便をした。寝る前にちゃんとトイレに行ったのに、どうして今日だけこんなに出るのか、まったくもって不思議としか言いようがない。以前のように過活動膀胱というわけでもなさそうだし、謎。ともあれ二度寝して10時3分起床。思ったよりも早く起きたこともあって、母の病院へは鹿島の試合の前に行くことにした。そもそも面会時間は1時からである。

外は素晴らしい快晴だった。昨日写真を撮ったので今日は撮らなかったけど。それに日中は素晴らしく暖かかった。スマホによると15度だが、体感的にはもっとあった。1時半過ぎに病院着も、今日の母は終始うとうとしていた。しょうがないのでベッド脇でタブレットで本を読んでいると、叔父(母の弟)がやってきた。叔父は県立中央病院の近くに住んでいる。話を聞くと昨日も来たそうだ。叔父はすぐ帰ってしまったけれど、自分だけじゃないと思うとなんだか心強い。鹿島の試合を見るために3時には病院を出る。

というわけで鹿島 1-0 湘南。何はともあれ勝てたのがよかった。今季のリーグ戦はまだ勝ちがなかったので。今日は久々のスタメンになったレアンドロが心配だったが、思ったほどブレーキにはなっていなかった。それよりも最終ラインに内田が入っているだけでそこそこチームが安定する。正直攻撃時のチーム全体のコンビネーションはまだまだだと思うし、ミスからボールロストする場面も散見。だが怪我人が異常に多い今はとにかく結果の方が大事。

今日は昨夜ふと浮かんだ相場の取引会社に海外の会社を使うというアイディア(以前一度やってみたことはあるが)を煮詰めようといろいろと調べる。正直言って海外の会社はスプレッドが広いのでスキャルピングには向かない。だがレバレッジを大きく取れるのとゼロカット(自己資金以上のマイナスにはならない)システムを上手く使って、中長期の取引に使えないものかと。とはいうものの、自分は性格的にも長期トレード(いわゆるスイングトレード)は物凄く苦手ではあるのだが。いずれにせよ、リスクの取り方、分散という意味では効果があるのではと思える。いろいろ調べた結果、最終的に2つの会社に絞り、どちらもデモ口座を開設してMT4をインストールした。で、2つのうちひとつを選んでリアルの口座を申し込んだのだが、海外の取引会社の場合国内の会社と違って入出金に銀行を使うと手数料が馬鹿にならない。それを最低限に抑えるためにbitwalletという電子決済のアカウントを作った。ところがアカウントを作ったところで肝心の取引しようとしている会社と契約解除になったというヘッドニュースが。これに気づいてかなり脱力。ただ口座開設を申し込んではしまったのでひとまずメールの返事を待つが土日だからなのかいまだに返事がない。そんなわけでもうひとつの候補がbitwalletが使えるというので検討中。だがこちらは初回入金の条件や最低取引量が高い(1万通貨)というようなところでちょっと慎重になっている。これが平日であればデモ口座を動かして確認するところなのだが……。

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懐遠

3月8日、金曜日。

今日はまだ雪の残る奥羽山脈の稜線が奇麗だった。病室のシーツを交換している間、車椅子の母と二人でデイルームからの景色を眺めた。ときおり音もなく電車が通り過ぎる。犬の散歩をしている人が何人かいる。それはとても静かな景色だった。

昨日と似たような時間に起きて、昨日と似たような時間に病院に行った。そういえば昼ごろ、雪が束の間舞ったがもはや積もる気配はまったくない。うちの周りにも雪はもうほとんどない。今日の病院で気づいたことと言えば、今日担当だった女性看護師がとにかく異様に声が馬鹿でかいということと、母のベッドの斜向かいの人よりも向かい側のベッドの老婆のいびきの方が遥かに凄まじいということぐらいだ。毎日看護師が代わるので誰が本来の担当なのかよく分からない。今日サインした書類には担当看護師がT橋という男性看護師になっていたが、この人に会ったことはまだない。と思う。日々違う看護師なのでいまだに病院通いに慣れない。

病院からの帰りがけにスタンドに寄ってガソリンを入れた。毎日病院を往復しているとガソリンが減るのが速い。僕が高校生だったころ、山形市内の隣の女子高に通っていた父もこんな感じでガソリンを入れていたんだなと思う。簡単に言えば、車で移動するのはタダじゃないということ。

ただ単に病院に毎日通うというだけでそこそこ疲れる。そのせいか今日も8時間以上寝てしまった。一応8時過ぎに一度は目が覚めるのだが。明日は4時キックオフで鹿島の試合があるのでどうしよう。試合が終わってから行こうか。夜になってしまうけれど。明後日も4時に精神科の予約がある。少しずつなんらかの調整をしていかなければならない。そしていい加減病院にも慣れなければならない。

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激情生活、相変わらず木曜日の呪い

3月7日、木曜日。

雨。

昨日感情に支配されないと書いたばかりなのに、舌の根も乾かぬうちに感情を爆発させてしまった。

危うく「なめんとんのかこら、俺は傷害で前科一犯だぞ!」とか言いそうになったが、言わなくてよかった。とはいうものの、「お前その口の利き方はなんだ? 失礼だろう。山形弁だかなんだか知らないが、初対面の人間にタメ口とはどういうわけだ? 俺はお前の友達じゃないよな? 俺は明らかにお前よりも年上だよな?」と怒鳴り散らした。この「事件」の起こった要因というか背景だが、まず第一に看護師が男性ではなく女性であればここまで立腹しなかっただろう。

1.看護師というのは男性女性問わず患者に対して子供に接するように対応する癖がついている。したがって患者(特に老齢の)に対してタメ口をきく癖がついている。
2.それとこの若者の口調からして根底に自分は仕事ができる人間だと見られたいと思っている。

いずれにせよ、患者の家族、それも初対面の年上の人間に対して人を舐めたようなタメ口をきくなどというのは論外だ。何の論拠もない。上記に付け加えるならば、

3.山形には敬語を使うという文化がない。山形弁には敬語というものがなく、基本がタメ口である。

というようなこともあるかもしれない。僕が母以外の相手に標準語でしか話さないのは、山形弁の敬語の使い方がよく分からないからだ。しかしながら、とにかく語尾に「っす」をつけておけば敬語に相当するという慣習もある。どっちにせよ、医者ですら敬語を使うのに看護師になんで見下されなければならないのか、と思ってしまったのは我ながら無理からぬことではある。いきなり僕に怒鳴りつけられて向こうも呆気にとられたとは思うが、それは自業自得というもの。今日の最初の対応を見ていると、僕じゃなくてもいつか誰かがキレたと思う。

昨日の続きの話にすると、今日のことにしろ昨日のことにしろ、もしかしたらただ単に僕のプライドが高過ぎるということなのかもしれない。人が感情的になる場合の半分以上は自尊心が関与している。と思う。そういう意味では無駄に高い自分の自尊心というのは非常に厄介な代物だが、かといって今までの長い人生をかけて出来上がってしまったものはそうそうに変わらない。とはいうものの、これでも謙虚な人間でありたいとは思っているのだ……。

結局どうすればよかったのか、何が正解だったのかは分からないが、いずれにせよ一時的に自分の感情を制御できなかったのは確か。

今日は2時過ぎにうちを出て6時過ぎに帰宅。病院にいたのは2時間ぐらいだが、帰りに特養に物を取りに寄ったりドラッグストアでリハビリパンツを買ったりと、往復する時間を含めて所用を入れると結局半日近くかかる。したがって日中はほとんど相場のトレードができない。

夕食後の夜、スキャルピング(超短期取引)を始めたら、今日が木曜日であるせいなのか散々ちゃぶられて(売れば上がる、買えば下がる)あっという間になんと7連敗を喫した。唖然。その後ECB発表後の初動の反動に乗って直近の4連敗分ぐらいは取り戻したものの、どうして木曜日は勝てないのか。ECB後はユーロドルがかなり一方的に動いたのだが、その前に散々ちゃぶられているので手を出せなかった。情けない。

まだ母が入院して三日目だというのに、ありとあらゆることに振り回されている。凄く疲れる。ちとどうしたらいいのか分からない。たぶんというか間違いなく、自分自身に振り回されているのだ。

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感情生活

3月6日、水曜日。

8時半前に目が覚めたのだが身動きできず、それからまた夢を見て10時22分起床。自分で思った以上に疲れていた。まだ母が入院して二日目だというのに、早くも自分がこの事態にどう立ち振る舞っていくべきなのかが分からない。とにかく毎日病院には行く。それはいいのだがでは何時から何時まで病院に行くのが適切で、そしてそれ以外の自分の生活とどう折り合いをつけていくべきなのかということの適切な解というものが見つからない。もしかしたらそれはただ単に慣れがないだけなのかもしれない。つまり自分はまだ母が病院に入院しているということにいささかうろたえているということだ。母が特養にいるときは夕食の時間が決まっていたので、その時間の前後に行けばよかった。だが病院では特養のように全員一緒に食事をするわけではない。実際のところ、5年前に母が半年近く入院していたころ(まだ特養に入る前)、自分が一体どういう生活をしていたのか思い出せない。当時はまだ母が老人ホームに入るということを想像すらできておらず、現実に母が特養に入ることになったときは母が物凄く憐れに思えたものだった。それが今は逆に、母が病院にいることが可哀そうに思えるのだ。結局今日は夕方の5時から母が食事を終える7時過ぎまで病院にいたけれど、それで改めて特養にいる方がずっとましだと思えたのだった。ちょうど看護師が夜勤に交代する時間に行ったためなのか、2時間母と一緒にいると明らかに人手が足りないように思えた。だが今にして思えばそれは自分と母だけの視点から見たものに過ぎなかった。つまり母以外の患者はその他大勢の人々、というような具合である。それがいかに自分勝手な視点かということは、病院から帰宅して4時間ぐらいたった今になってようやく気付くという具合。だがしかし、他の人はどうでもいいという思いに駆られるのはある意味致し方ない。それが人間というものだから。

病院から帰宅したのは8時ごろ、不思議なことにまったく腹が減らなかった。それでも帰りがけにコンビニに寄って買った弁当を食べた。ちっとも美味しくなかった。食後に病院に行く前から保持していた相場のポジションを決済してから今日の母の様子を伝えるために弟に電話した。それで何かが気に食わなかった。以来しばらくの間僕は立腹し、嫌な感情に支配された。何がそんなに気に食わなかったのか、恐らくそれはほんのちょっと自分の自尊心を逆なでされたというただそれだけのことである。なんか以前にもそんなことがあった。ともあれ、改めて人間というのは些細なことで感情というものに支配されてしまうのだなと思った。実際の話、その感情に支配されている間はそのことで一杯になってしまう。

何故自分はこれほどまでに感情的な人間であるのか、風呂に入って考えた。まず最初に浮かんだのはそれが僕という特定の個であるが故の問題であり、必ずしも人間として普遍的な問題ではないのかもしれないという疑問だ。いずれにせよ、風呂の中でこんな答えが浮かんだ。

簡単に言えば自分の人生というものを大まかに総括してみた。だがもしこれがある程度の範疇で正しいとしても、それではどうやって自己の感情を制御できるのかという答えは見つからない。むしろ、感情を制御することが果たして正しいのかどうかも分からない。だが大概の場合、感情の赴くままになるとろくなことがない。なんとなく分かるのは自分が泰然自若とはほど遠い存在だということだけだ。これまでこんな風に生きてきて、果たしていまさらながらある時点で生き方を変えることなどできるのだろうか。できるかもしれないしできないかもしれない。そして、それはどっちでもいいのかもしれない。肝要なのは、これまでの自分の人生をすべて否定しても何もならないということだ。一見得るものがありそうで実はない。ただすべてを失うだけだ。それでは元も子もない。やはりここは、感情に振り回されるある特定の時間というものをできる限りなくしていくように心がけるぐらいしかない。もしあったとしてもそれは一過性のものなのだから。

何を書いているのか分からなくなった―――。

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New Inn

3月5日、火曜日。

アラームで8時ジャストに起床、9時45分に病院着。昨夜寝たのはたぶん1時前だと思う。最後に時間を見たのが0時半過ぎでそれ以降の記憶がないので。

本日血液検査をした結果、炎症反応が強いということで抗生剤を点滴するために母は今日から入院ということになった。いろんな人に病院の方が安心でしょうと言われるけれど、僕自身の感覚では予定よりも10日も早く入院することになった母が可哀そうで、むしろ特養にいる方が安心する。たぶんそれは特養の方が居心地がまだよさそうに見えるからだと思う。実際、病院の四人部屋としては一人分のスペースが広い方だとは思うがベッドは小さくいかにも窮屈そうである。それに僕が病室にいる間だけでも母の斜向かいのベッドにいる患者のいびきが凄まじく、自分だったら耳栓なしでは耐えられないだろうと思った。

一番大きいのは現在の母の担当医であるS医師を僕が(完全には)信頼できていないということだろう。以前母の硬膜下血腫の手術をしてくれた同じ病院の脳外科のS医師は信頼できた。どちらも若い医師で同じイニシャルではあるけれど、信頼できるできないというのはまったくの勘でしかない。それは第六感というよりもむしろ、当初の分からない、こんな症例は見たことがないといった困惑した発言であったり、自分ではなくわざわざ大分から医師を呼んで手術をしてもらうといった、いろんなディテイルから来ているものだと思う。

実際のところ、県立中央病院は恐らく山形県内では一番設備の整った総合病院だと思われる(山形大附属病院を見たことがないので確信はない)が、自分が以前悪性リンパ腫で入院した帝京大学病院とかと比べるといろいろと見劣りがする。それに、細かいところだが去年の年末に最初に入院の説明を受けたときにボディシャンプーが必要、それも泡で出る奴がいいと言われたのでわざわざそういう奴をドラッグストアで買って持って行ったのに、いざ本当に入院となったら今日の担当の男性看護師はボディシャンプーを見てこれなんですか?という始末。そういう些細なところから病院に対する信頼度というものは薄れる。

とはいうものの、もはや後は母の手術が無事成功するのを祈るばかりなので、いずれにせよもう医師も病院も信頼するしかないのだ。

そんなわけで今日は朝から6時間以上病院にいて疲れ果てた。病院疲れ。それは長い待ち時間による疲れというわけでは実はなく、一番大きいのは駐車場があまりにも混んでいて、広大な駐車場の一番奥に車を停めざるを得ず、よっていつになく歩く羽目になったということだと思われる。つまり、ちょっと車に行って煙草を一本吸ってくるといっても往復で結構歩かざるを得なかった。

前回までの看護師(おばさん)は例の事件によって気まずいから他の人なら誰でもいいから替えてくれと頼んだのが功を奏し、今日特養からついてきたのは普通にそこそこ美人で普通に標準語でコミュニケーションの取れる、非常に好感の持てる感じのいい看護師だった。彼女はある女優にとてもよく似ていると思うのだが、その女優の名前がどうしても出てこない(と、今読み返していて松なんとかというところまでは思い出した)。前述のように美人で感じも非常にいいのだけれど、どこかしら薄幸の女という印象をかすかに受けるところがあり、それが僕にとってはなんだかなかなか超えられない壁のように思えた。いや、壁を超えてどうする、口説くのかという話なのだが。そういう印象も恐らく僕自身の自意識が作り出すものなのだろう。

ともあれ疲れた。今日の医師の説明ではこのまま手術後までずっと入院するのか、それとも手術前に一度退院して再入院するのかはよく分からなかったが、前者の場合であれば今日からひと月あまり毎日車で往復一時間以上かかる病院に通わなければならない。正直それはそれでしんどいが、一番辛いのは母なのだから自分もいずれ慣れていかなければならない。しばらくはいろんなことが手につかないだろう。

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午後の曳航

3月4日、月曜日。

8時42分に母のいる特養からの電話で叩き起こされた。今日は母が午後に県立中央病院で抜歯をする予定だったのだが、昨日の夜から母が熱を出しているということだった。昨夜は39度まで上がったらしい。今日になってもまだ熱があるので、本日の抜歯をどうするか病院に相談したいという話だった。特養の方で病院に連絡するというので心臓血管外科の担当の名前を教えて折り返しの連絡を待つことにする。のちほど連絡があって、今日の抜歯は中止になり、明日も心臓エコーとリハビリの予定が朝から入っているのだが明日は予定の10時の10分前に診察に来てくれということになった。それで、場合によっては明日から入院となる可能性もあるということだった。

いまだに熱があるということだったので心配で午後に特養に面会に行った。母はほとんど寝ていて調子が悪そうだった。僕が話しかけてもろくに返事もせずにすぐにいびきをかいて寝てしまう。かと思うと突然「寒い」とか「痛い」と大きな声を出して目を覚ましたりする。そして再び寝てしまう。熱の方は37度台まで下がったらしい。結局小一時間ばかりいて帰ってきたが、帰り際には母は目を覚まして僕の手を握った。

明日から入院の可能性があるというので、ドラッグストアに行って歯磨きセットや箸やスプーンといった買い物をした。夜にそれらに母の名前を油性ペンで書き、去年の年末に用意した入院用の書類の日付を今日に修正した。一通り入院に必要なものを紙袋に入れ、念のために車の中に入れておいた。ついでに車の中に常備しているリュックの中に自分の薬があるのを確かめて、万が一病院に泊まらなければならなくなっても大丈夫なことを確認。恐らく手術の日以外はそんな心配をする必要はないと思うが。

そんなわけで明日の朝は早起き(といっても8時だが)しなければならない。今朝9時前に起こされても眠くて昼ごろに昼寝をしてしまったので、今晩は早く寝るつもり。というわけでいつもより早めに日記を書いた。

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