仙台の夜

11月3日、土曜日。

仙台の繁華街のど真ん中にあるホテルの狭い部屋でこの日記を書いている。考えてみると、仙台に泊るのは生まれて初めてかもしれない。中学生のころから今まで、仙台に来たのはすべて日帰りだった。

前述のように繁華街のど真ん中にあるので、深夜まで往来は人でごった返している。チェックインして食事をとろうと外を歩くと、通りを歩いているのが全部酔っ払いか娼婦か客引きのように見えてなんだか怖い。渋谷や新宿よりも、もちろん赤羽よりも、ニューヨークのマンハッタンのタイムズスクエア辺りよりも怖い。自分の場違い感があまりにも凄まじくて。考えてみれば渋谷でも新宿でもニューヨークでも、夜中に歩いている連中は皆自分のようによそものである感があって、そこまでの違和感というか疎外感は感じない。だが「男の案内所」とかがあり、その癖何をしているのかまったく不明な若い婦女子(大概独り)がほっつき歩き、どこから来てどこへ帰っていくのかまったく意味不明な若者たちがそぞろ歩く夜の繁華街は、なんだか見知らぬ祭りに迷い込んだような気がして実に居心地が悪い。夜も更けてから一階のセブンイレブンに買い物に出ても往来の人通りは一向に衰えず、一体こいつらはこんな時間に何をやっているのかと不気味に思え、ちょうど今見ている「ウォーキング・デッド」のゾンビのように見えてしまう。ひとつには、この部屋がこれまで泊まった中で歴代最低級に狭いせいもあるのかもしれない。うちの玄関ぐらいしかない。それもまた、居心地の悪さに拍車をかけている。

泊ってもすることがないのはハナから分かっていたことで、だからこそイヤフォンを買い直したり、ノートPCやタブレットを持っていけるようにリュックを買ったりしたのだが、それにしてもこの妙にざわざわする不安感は一体何なのかと思ったが、さっき夕食後の薬を飲み忘れていることに気づいた。その辺もあるのかもしれない。ちなみに、飲食店は掃いて捨てるほどあるのに、僕のような者が一人で入れるような店などひとつもないように思えて、結局何年ぶりかで吉野家で食べた。すると、驚いたことに吉野家のメニューから牛丼というものが消えてなくなっていた。まったく、リップヴァンウィンクルにでもなった気分だ。どうでもいいけど夜はやっぱり静かな方がいい。自分の住んでいる田舎町がいかに平穏で安心して暮らせる場所であるのかということを、改めて痛感した。その分、何も起こらないのだけれども。しかし旅なんか最低だ、早くうちに帰りたいと思う。去年久しぶりに東京に行ったときはそんな風に思わなかった。たぶん僕は仙台の夜の繁華街が嫌いなんだと思う。なんだか本当に、自分と同類の人間がさっぱり見当たらないような錯覚にとらわれる。

母も武蔵浦和に来たときはこんな居心地の悪さを感じたのだろうか……。きっとそうなのだろう。

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それはともかく。

ACL決勝第1戦、鹿島 2-0 ペルセポリス(イラン)。

終わってみると快勝だが、今思うと序盤のゴール前でのペルセポリスの決定的なシュートをスンヒョンが顔面でブロックしたのがすべてだったような気がする。あそこでゴールを許していたら、試合はまったく違うものになっていただろう。特に前半はどこに蹴っても相手がいるような感じで、見ていても非常にやりづらそうだった。何はともあれ、2-0というスコアで勝てたのは大きい。次が10万人入る大アウェイであるのだから。

で、原尞「それまでの明日」読了。

とまあそんな感じで、作者がいまどき携帯(スマホ)を持っていない探偵をカッコいいと思っている(たぶん)という勘違いがすべてのような気がする。固定電話だけで仕事をしているというか、固定電話だけで生活している人間を見つけるのは、山形の片田舎であってもほぼ不可能。もう今から15年も前かな、六本木の交差点で公衆電話を探し回って10分以上探しても見つけられなかった。もう今はSNSの時代。知らないでは済まされない。

どうでもいいけど早く帰りたい……。

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