去る人

1月5日、日曜日。

朝起きると雪景色になっていた。

途中小やみになったりしたもののなんだかんだ終日雪は降り続き、夕方以降本降りになった。さっきトイレの窓から外を覗いたところ、明日の朝軽く雪かきをしなければならない程度には積もっている。そんなわけで今冬の雪かきをせずに済んだ記録はどうやら1月5日までということになりそうだ。それでも凄い。

昨夜あれから、訃報が届いた。ツイッターのタイムラインにコーラスの広谷順子が亡くなったという知らせが流れてきたので、驚いて彼女の夫である木戸のフェイスブックを確かめたところ、確かに広谷は昨日の朝に亡くなっていたのだった。今回ばかりはにわかに信じられなかった。彼女と最初に仕事をしたのは1986年。木戸・比山・広谷という3人のコーラスセットは、日本のスタジオシーンでもっとも売れっ子だった。そこそこ大人の日本人だったら、彼らの声を聴いたことのない人は一人もいないはず。広谷は仮歌のボーカリストとしても売れっ子だった。調べてみると80年代には仮歌のボーカリストとして広谷よりも仕事の多かった新倉芳美も2017年に亡くなっていたことを知りさらに唖然。ドラムの青山、ギターの松原、鳴海、みんな若くして亡くなっていく。いくらレコーディングの現場から離れて大分経つと言っても、スタジオでもっとも売れていたミュージシャンである彼らが一人、また一人とこの世の人でなくなっていくのはなんだかとても不思議なことに思える。僕には彼らが元気なときの記憶しかないから。広谷は生年を公表していないが、たぶん僕よりも年上だと思う。にもかかわらず会うたびに僕のことを「高山さん」といつもさんづけで呼んでいた。いやまったく、ジュンコちゃんが亡くなるなんて信じられない……。木戸のフェイスブックにお悔やみのコメントを書こうとして、一瞬考えて辞めた。僕はフェイスブックでは業界関係は和泉さん、雲母社のユカリやフィリップ・セス、ラリー・ウィリアムズぐらいしか繋がっておらず、下手に自分の曲とかアップしているものだからかつての業界の知り合いとコンタクトを取るのは極力避けているのだった。かつての仕事仲間や知り合いからしてみれば、今の僕は完全に「あの人は今」状態になっていると思うので、寝た子を起こさない方がいい。とにかく冥福を祈る。っていうか、冥福って一体なんだろう?

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何も予定がなかった今日は、高校サッカー選手権をネット上でライブ配信していることに気づいたので日中は青森山田と静岡学園がそれぞれ勝った試合を見た。特に静岡学園はびっくりするほど強かった。鹿島に入団が内定している松村優太は、得点こそなく1アシストに終わったものの、ドリブルの切れ、視野とアイディア、クロスの精度が凄かった。恐らく一年目から即戦力になるだろう。

その後特養にアポイントを取って母と面会したが、電話で「2・3日前にも来ましたよね」と嫌味を言われた挙句、今日は10分しか面会できなかった。去年まではインフルエンザの面会制限といってもこんなことはなかったのに。

今までだったら鬼門だった、会わないで三日目だった今日もLINEでの彼女は普通だった。電話で喋っても普通の声だった。とすると、コツは一体なんだろう? マメにLINEすることかな。恐らく彼女が落ち着いているせいで、元日以来の僕はストレスで手が痺れたりすることはない。僕らが危なっかしい関係なのには変わりはないのだろうけど。

抑うつ状態にならないのは結構なことなんだけど、かといってモチベーションは一向に上がらず、楽器に向かって曲を書く気力はまだない。

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