相克

12月21日、土曜日。

天皇杯準決勝、鹿島 3-2 長崎。鹿島は長崎相手に2失点するなど、内容はとてもいいとは言えないが、とにもかくにも元日の決勝には進めることになった。

夜、酷い抑うつ状態。手と顔が痺れる。正確に言えば終日抑うつ状態だった。原因ははっきりしている。昨夜あれから睡眠薬を飲んで寝床で本を読んでいると、最後の睡眠薬を舐めているときに彼女から電話が来た。出てみると「あ、出た」と言われただけで僕が睡眠薬を飲んでしまったことを告げると「じゃ、いいや」と言ってすぐ切れた。そこでLINEを見ると、本を読んでいる間、自分が気づかないうちにメッセージが入っていたのだった。それは恐ろしく酷い妄想による妄言・暴言で、これではもはや統合失調症と変わりなく、彼女は狂ってしまったとさえ思えるものだった。最後の睡眠薬(つまり睡眠薬3錠、安定剤3錠)を舐めてしまったというのにこれで一挙に眠れるかどうか物凄く不安になってしまった。もう1錠睡眠薬を舐めようか散々迷ったが、結局安定剤をもう1錠舐めたらいつの間にか眠れた。

一夜明けて起床してから「おはよう」のメッセージを送り、何事もなかったかのように一日やりとりしていたが、平静でいるには昨夜寝る前のメッセージはあまりにも酷かった。お陰で、終日彼女に対する嫌な感情と戦う羽目になった。

昼ごろに母のいる特養の看護師から連絡があり、午前中風呂に入った母が昼食時にぐったりとしたという話だった。まったく要領を得ない話だったがとにかく特養に行ってみる。どうやら母は食事の席で意識が遠のいて気分が悪くなったようだった。母は部屋のベッドで横になっていたが、気持ち悪くてむかむかすると言った。1時間ほどいたがその間ほとんど母はうとうとと眠っていたので、一旦帰宅した。心配なので夕食後にもう一度母のところに行くと、母は夕食を食べたということで、母に訊ねると気分の悪さは治まったということだった。

そうしている間にも彼女に対する負の感情のようなものはなかなか拭い切れなかった。駐車場の車の中で煙草を吸って呆然とした。帰宅後、気がつくと酷い抑うつ状態になっていた。なので彼女にもメッセージは送らず、ベッドに横になってみたりした。どこかの時点で彼女からメッセージが来たので返事を書き、ちょっと調子が悪いと書いた。その後彼女から電話があったが、今は抑うつ状態だと言うと特に口論のようにはならなかった。それから早めに風呂に入った。とにかく酷い気分だったから。

結局昨夜のあの妄言がなんだったのか、いまだにあやふやなままだ。思い出すと不快な気持ちがよみがえるがかといって忘れることもできない。もしかしたら彼女の中ではなかったことになっているのかもしれないが、自分の中ではそうはいかなかった。

明日は何の予定もない。もし今日のような状態が明日も続くとどうしようもない。このもやもやを抱えたまま来週彼女とクリスマスを過ごすのだろうか。適切な解も退路もある。だがそれを選ぶ勇気も非情さも持ち合わせていない。泥舟に乗った気分だ。結局、何を選ぼうが恐ろしく酷い気分からは逃れられない。

今日も雪は降らなかったし積もらなかった。いつまでこの幸運が続くのだろうか。だが、いつかは必ず雪かきをせねばならない。

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