Ruby Tuesday

12月11日、火曜日。

慌ただしく、怒涛のような一日だった。

アラームで8時58分に起床も、特養から電話がかかってきたのは9時過ぎだった。それで一度母は連れていかないで自分と看護師とで診断結果を聞いてくることに決めたのだが、その後また特養から電話があり、母が比較的元気で自分から病院に行くと言っているというので、結局母を連れていくことになった。

11時半病院着。ボードを見ると母の順番までは1時間ぐらいかかりそうだった。待っている間、電話では朝食も全部食べて元気だという話だった母だがどうも元気がない。ずっとうとうとしている。ちょうど1時間待ったぐらいで診察。診断が出ないという結果もあり得たのだが、結果としては来週の火曜日に入院して水曜日にカテーテルを入れる検査を行い、翌日退院して年明けに動脈と静脈の穴を血管パッチで塞ぐ手術をするということに。もしかすると検査の結果で穴がすぐ見つかればその日に手術する場合もあるということで、その場合最長で一週間の入院。結局入院することになってしまったが、前述のように診断が出なくて行き詰まる可能性も多いにあったので、結果的に治療を行うという方向になったのでこれはいいことだと捉える。

病院に着いてから元気のなかった母だが、途中血圧を計ると上が99しかなかった。どうもそれが原因でぼんやりしているようだった。なんだかんだで結局3時近くに病院から帰途に就く。帰りがけに途中のドトールで遅い昼食を摂る。入院のために連帯保証人を立てなくてはならず、最悪弟に頼めばいいがそうすると仙台との間でやりとりせねばならないので、隣町の叔母(母の妹)に電話して頼んでみる。それでそのまま隣町の叔母宅に。叔母の家に上がるのは何年振りだろう? 母と一緒に上がって以来なので、5年振りとかかもしれない。もしかしたら嫌がられるかもしれないと思ったが叔母は署名捺印してくれて、しばらく母の近況を話す。そんなわけで5時ごろまで叔父と叔母と話し込む。林檎とラ・フランスをもらって帰る。もう外は真っ暗だ。帰り道にドラッグストアとスーパーに寄って買い物。一旦帰宅したものの、煙草を一服して6時過ぎには特養に母の様子を見に行く。すると、今度は日中よりも少し話が出来るようになっていた。母の部屋で弟に電話して来週入院・検査になったことを報告すると、弟は今度の土曜日に来る予定だという。それなら叔母に保証人を頼むこともなかったなと思うがこれはしょうがない。8時近くにようやっと今度こそ帰宅。しかしながら日中ずっと病院に付き添ってくれた看護師は僕が特養を後にするころもまだ仕事をしていた。頭が下がる思い。

そんな風に慌ただしく過ごして気がつくと夜になっていた。ここまでは自分としては頑張った方だと思う。で、夕食後に珈琲の豆を煎ってから相場のポジションを取る。するとこれが22時半の指標から裏目に出た。結局今日もまたストップを食らう。負け額こそ昨日の3分の1ではあるが、これで4連続ストップを食らって計算上丸二日許容損失額分フルに負けたことになる。脱力。日中あれだけ頑張ったのに最後がこれかと。そんなわけだから母が治療の方向に向かって一歩進んだと思ったら、夜になって二歩後退した気分。だがそれでも今日の自分はよくやったと褒めてやりたい。それに今日は雪かきもしなくて済んだし雪も降らなかったのでそれもまたラッキーと言えないこともない。

なんか毎日、一杯一杯だなあ。

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