11月21日、火曜日。

などと長々と夢の話を書くとアレなのだが、要は起きたら昼だった。唖然。これが除雪車が入った日とかだったらちょっと洒落にならない。今日は午前中雪という予報だったが、幸いにして雪は降らなかった。

日中、つまり午後だが、何かとバタバタする。朝起きられないので出せていないごみ袋が3つ溜まっていたので、雪が積もらないうちにごみ処理場に持って行く。帰りがけにコンビニに寄って煙草を買って帰る。で、車を車庫に入れて鍵をかけようとすると、鍵を入れても動かない。えっ?という感じで焦って何度も試すが、右にも左にも動かない。ちなみに、僕はいつもスペアキーを使って手動で開け閉めをしている。しょうがないので一旦家に入ってリモコンボタンのついたマスターキーを持ってきてボタンを押すとようやく鍵がかかる。開ける方のボタンを押すと開く。が、手動で鍵を差し込んで開け閉めをしようとするとマスターキーでもテコでも動かない。これは……もしやと思ってエンジンをかけてみると、これは普通にかかる。とにかく鍵が壊れた、これは大変なことになったとディーラーに電話する。営業の担当の人は休みでいなかったが、話をするととにかく持ってきてくれという。それでパンの昼食を食べて煙草を一服してから隣町のディーラーに持って行った。

で、結果からいうと直った。作業員いわく、試しにシリンダーに潤滑油を差してみたら回るようになったということで、要するに何がどうしたのかはよく分からなかったらしい。ともかく、よく分からないが直ったということ。ひとまずこれで様子を見てくれと。

なんで僕がマスターキーのリモコンを使わないかというと、単純にマスターキーはかさばるということもあるが、以前弟がリモコンで鍵を掛けたのを知らずにスペアキーで手動で開けたら警告音がやかましく鳴って止まらなくなったことがあって、どうもそれ以来リモコンというものを信用していない。それにいつかは電池が切れるのだ。

ディーラーから帰宅後相場のトレード、夕方スーパーに行って買い物して帰宅後速攻で母のところに顔を出してと、起きた時間が時間だけに何かと慌ただしい。夕食後の夜も相場のトレードをしたのだが、どうも昨日の失敗が頭にあっていまひとつ無謀になれず。で、こういうときに限って戻り売りですんなり下がったりする。が、即利食いするので取れてない。結局、昨日と同じぐらいの回数トレードしたのだけれど、昨日の損失の10分の1もプラスにならず。うむむむ……。

それにしてもとにかく寒い。なんつーか、尋常じゃなく寒い。日中も外気温は3度。雪こそ積もっていないが真冬と同じ。そんなわけで今日から上着をダウンベストからダウンジャケットに変更。

それにしても、朝6時台に聞こえたあの鳥の声はなんだったんだろう? まったくもって形容しがたく、いうなれば物凄く複雑なアルペジオのようだった。それともあれは夢だったのだろうか?

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鉄槌

11月20日、月曜日。

なんだか早く目は覚めたのだけれど、結局のところ昨夜寝るのが遅過ぎた。朝食後、玄関の鍵を開けてみたら、思いの外積もっておらず雪かきはしなくて済んだ。午後からは日が差していい天気になり、雪はほとんど融ける。ただ、夜母のところで天気予報を見ると、今週は水曜日以外は全部雪という予報。先が思いやられる。午後一時間ばかり昼寝。

で、週明けの月曜日で起きた時間も中途半端だったのだが、何故か今日は午前中から相場のトレードを頑張ってしまった。で、当初の想定はドル円もユーロドルも戻り売り。これはドル売りとドル買いになってしまいバッティングする。なので、一応ユーロドルは戻り売り?とクエスチョンマークを付けていたのだが、気がつくとドル円とユーロドル両方のポジションを取っていた。で、ドル円を先に利食いしてユーロドルをそのまま放置して昼寝したのがまずかった。結果的に夕方まで引っ張って損切りを切らされる。で、返す刀でドル円を目一杯売ったのが今度はタイミングが悪かった。結局夜まで引っ張って損切りというかストップがついて玉砕。結果的にストップを2度食らったみたいな形になり大敗。ぐうの音も出ないほどボコボコにやられた気分。日馬富士にビール瓶で二度殴られたみたいな。結局のところ、普段なら様子見に徹する月曜日に目一杯ポジションを取ったこと自体がいささか無謀だった。どうもよろしくないことに、途中から含み損を抱えることに慣れてしまった。今日の尻拭いはかなり時間がかかるだろうな、と遠い目。

前述のように毎日雪みたいな予報で、明日は午前中まで雪という予報だが果たしてどうなるか。とにかく寒い。母のところに行った7時ごろで外気温が1度。洒落にならん。そんなわけだから暖房がないとどうにもならないのだけれど、それで夜、風呂上がりに今日から真冬用の寝間着(要するに弟からもらったジャージなのだが)を着てみたら暑くて結局作務衣に戻す。というか要するに灯油の暖房が一番暖かいんだけれど、放っておくと暑くなる。その辺の加減がどうも難しい。

とにかく今日はギブアップ。煙草だけが増えた。明日頑張るかどうかは明日考える。

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吹雪いて

11月19日、日曜日。

とうとう雪が本気で降った。今トイレの窓を開けてみたら、外は雪景色だった。まだ道には積もっていないみたいだが。

という具合に、朝の時点ではまだ雪は降っていなかった。その後、11時過ぎにちょっと昼寝しようとしたら予想外に寝てしまう。たぶん面白い夢を見ていたせいだと思う。目が覚めるとなんと2時半過ぎで3時間も寝てしまった。3時に隣町のディーラーにタイヤ交換に行かなければならないのでバタバタで家を出る。外は見計らったように雪が舞い降りていた。

タイヤ交換を終えてディーラーからの帰り道は既に吹雪いていた。なので、もう車のライト点灯。帰りがけに図書館に寄って、借りているアーヴィング「神秘大通り」の上巻を延長してさらに下巻を借りて帰る。

帰宅後、J2の昇格プレーオフ争いの試合を見る。台所のテレビで東京ヴェルディ対徳島、ノートPCで千葉対横浜FC。応援しているのは徳島と千葉。徳島は面白いサッカーをするし鹿島から期限付き移籍した杉本太郎がいる。千葉は元々オシム監督時代に応援していた。今は佐藤勇人ぐらいしか残っていないが。徳島は引き分け以上でプレーオフ進出。千葉は勝たないとプレーオフ進出のチャンスはない。この場合難しいのは、もし徳島が負けた場合は千葉が勝つと徳島はプレーオフに進出できない。詰まるところ、徳島と千葉の両方に勝ってもらいたい。ヴェルディは勝てばプレーオフ進出。

同時進行で進む2試合、なんと徳島も千葉も先に先制を許す。一番よろしくないパターン。どうなることかと思ったら、なんと徳島も千葉も同点に追いついた。このままだと徳島とヴェルディがプレーオフ進出。で、後半終了間際に明暗が分かれた。それまで終始優勢にゲームを進めていた徳島だが、同点になってから若干消極的になり勝ち越し点が取れないと思ったら、ゴール前のごちゃごちゃからヴェルディに勝ち越し点を許してしまう。で、もう一方の試合はというと、終了間際に千葉が追加点を取ってとうとう逆転。両試合はそのまま終了、結局ヴェルディと千葉がプレーオフに進出となり、徳島は涙を飲んだ。いやー、結構凄かった。とはいうものの、所詮プレーオフは最終的に1チームしか昇格できない。徳島は来季頑張ってもらいたい。

ところでその熱戦の裏では雪が降りしきる隣町で山形対岐阜の試合が行われていた。何しろ外は吹雪、なのでピッチは雪が積もってラインすらどこか分からない。で、石川竜也(やはりかつて鹿島に在籍していた)のラストゲームとなるこの試合で山形は4-1で勝ち、なかなか胸が熱くなる試合となった。石川はもはや伝説になっている黄金世代の1999年のワールドユース準優勝のメンバーで、山形には11年在籍。

試合が終わるころにはもう6時を回り、煙草を一服してから母のところに向かう。相変わらず外は凄い吹雪。母のところにいた小一時間の間に駐車場に停めた車には雪が積もり、スノーブラシで雪を落として吹雪の中を帰る。この調子で降り続いたら明日の朝は雪かきかなと思う。

それにしても、11月にこんな吹雪になったことは、田舎に帰ってからあったっけ? 雪が少なかった一昨年などは、除雪車の出動がひと冬で2・3回だった。去年は結構降ったけれど、それも12月になってからで、本格的に積もったのは正月過ぎじゃなかったっけ? 天気予報を見ると最初は今日だけだった雪のマークが増えて、水木以外は全部雪マークになってる。いささか早過ぎるなり。もう冬かよ。

それはそうと、本日届いたフィリップスのシェーバー、使ってみたらなかなかよかった。今まで使っていたのはブラウンだったので、刃の形状が違うのでどうかと思ったが。痛くないし結構剃れる。っていうか、ブラウンの奴は網刃にボコボコに穴が開いているのを知らずに使っていたので、痛いことこの上なかった。ブラウンの替刃を買うかどうしようか迷ったのだが、替刃自体が結構高いのでこの際シェーバー自体を買い直したのだった。2000円キャッシュバックなので替刃を買うのと大差ないので。

ところで今は小止みになってるっぽい雪だが、天気予報によると朝まで降るということだった。果たして。明日の朝起きると一体どうなっているのか。

なんとなく続く。

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Saturday

11月18日、土曜日。

昼、口唇ヘルペスで皮膚科受診。飲み薬と塗り薬。午後、川崎対ガンバ大阪。川崎が負けると鹿島の優勝だったのだが1-0。6時半から母のところ。テレビの天気予報を見ていると、明日明後日は大雪というのを何度も繰り返すので参る。帰りがけに買い物をして帰宅後夕食。夜、マインツ対ケルン、1-0。武藤先発、大迫途中出場。ケルンはちょっとどうにもならない。1時15分キックオフのACL決勝ファーストレグ、アルヒラル対浦和。前半終わって1-1もアルヒラルに一方的に持たれる。ハーフタイム。←いまここ。

明日は午後3時に隣町のディーラーでタイヤ交換の予約。雪が積もるとピンチ。行けないかも。

以下次号。

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ヘルペス

11月17日、金曜日。

朝起きたら下唇にヘルペス(だと思う)が出来てた。いや、正確に言えば朝ではない。何しろ起きたのは11時24分だから。これを朝というのはなんか申し訳ない。昨夜も寝たのが遅かった。3時半過ぎ。なんでそんなに遅くなったんだろうと考えると、3時まで日記を書いていたんだった。

ともあれ、なんでヘルペスなんか出来たんだろう? 抵抗力が落ちてるのかな。放っておいたら夜になってちょっと悪化してきたから、もし明日朝起きられたら皮膚科(土曜日は午前中だけやってる)に行くか。

旅行から帰ってきてこの方、日中はすっかり家に引き籠るパターンになってる。今日もそうだった。で、気持ち的には一生懸命相場のトレードをやっているつもりなんだけれども、今見直すと日中は実質3回ぐらいしかトレードしてない。で、何時のタイミングだったか、確か4時ごろだったと思うが久しぶりに昼寝。その、11時過ぎまで寝ていたくせになんで眠くなるのかが謎である。

今日もとにかく寒い。灯油の暖房をつけていればその部屋はあったかいんだけれど、そこから一歩出るととにかく寒い。外はもちろんのこと、家の中が寒い。たぶん、暖房をつけているところとそうでないところで相対的な温度差があるせいで余計そう思うんだろう。外が雪景色じゃないだけで、気分的には既に冬モードに。日記で「初雪」で検索してみたら、去年だけ出て来ない。で、一昨年までは12月だった。去年はホントにそんなに早く雪が降ったんだっけ? 記憶がない。

天気予報を何度見ても、明後日の日曜日は雪になってる。タイヤ交換は3時の予約なので、とにかくそれまでは道に雪が積もらないで欲しい。まあもし積もっても、翌日以降に晴れれば融けるとは思うが。この機会に、ジャッキとか自分でタイヤ交換できるようにツールを買うべきなのかなあ。昔の普通車にはデフォルトでトランクの中にあったけど、うちのは軽自動車なのでついてない。

夜何をやっていたのか、記憶が怪しい。特に何もしてないのかな? 23時を過ぎてから相場のトレードを少々。その前は……TVerでドラマ「監獄のお姫さま」を見たぐらいしか記憶にない。

今日は少し早く(もちろん相対的にだが)寝よう。冬モードと書いたが、欧米の冬時間のように1時間遅くなるのではなく、ここの冬モードは雪かきをするために冬の間は多少は早く起きなければならない。

そんなわけで今日の日記は手抜きだがここまで。

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What’s goin’ on?

11月16日、木曜日。

とにかく寒い。なんでこんなに寒いのかと思ったら、夕方の外気温は3度。今日の最大の懸念は雪だった。朝起きた時点で雪景色だったらどうしよう、もし雪が積もったらどうしようと、そればかりが心配だったが、幸いにして雪は降らなかった。と言いたいところだが、夜母のところでテレビを見ていたら山形でも初雪ということ(それも去年よりも7日遅いらしい。ホントかよ)なので、今日は夕方まで一歩も外に出なかったからもしかしたらどこかのタイミングでみぞれぐらいは降ったのかもしれない。まあたぶん山の方だと思うけど。

昨夜も寝たのは遅かった。3時過ぎ。今朝は9時53分起床。朝方はまだ疲れが残っていた。朝食後に相場の想定をして午前中からポジションを持ったものの、眠くてポジションを保持したまま昼寝。今日は基本的に夕方まで相場のチャートを見ていてずっとトレードしていたつもりだったのだが、結果的には都合4回トレードしたぐらいに過ぎず。途中で損切りを一度したので収支はしょぼい。っていうか凄くしょぼい。

前述のようにとにかく寒かったので、ずっと暖房をつけっ放し。雪が降ってないだけでこれでは冬と大差ない。で、夜母のところから帰宅して夕飯を食べ終わると尋常じゃなく眠くなった。眠気と闘っているうちに気がつくと小一時間が経過していた。なんでこんなに眠いのか。何故人はメシを食うと眠くなるのか。といったような根源的な疑問を抱くのは今に始まったことではなく、考えてみれば会社に勤めていたころも昼食後に尋常じゃなく眠くなって、何も言わずに外に出て公園のベンチで30分ばかり昼寝をしたことが覚えているだけでも3回はある。日吉で1回、不動前で2回。そういうときは必ず外は天気がよくて、当たり前だが雨の日には通用しない手である。今日の場合は暖房をつけていたということも眠くなった要因のひとつのような気もするが、もしかしたら自分の消化能力に比して食べ過ぎているのかもしれない。

それと気になるのは、今日になってもいまだにデスクトップPCの動作が不安定であること。同じようにWindowsの更新をしたノートPCの方は問題なく動いているので、ハードウェアの問題なのだろうか。特にサブディスプレイに表示させているブラウザのVivaldi の動作が重く、表示が頻繁に乱れる。もしかしてディスプレイの問題なのかな? うーん……。もしやと思ってVivaldiのバージョンの更新をしてみたが、動作と表示が不安定なのは変わらず。もしかしてサブディスプレイのために使用しているVGA変換アダプターの問題かと、アマゾンの購入履歴をさかのぼっていたら、メインディスプレイで表示しているFirefoxでも一瞬ポインタが固まる。ほんの一瞬だが。なんだこれ?……やっぱりパソコン本体の問題なのかなあ。

……なんだかいろんな意味で一気に冬モードに突入しそうだ。東京を歩き回って減った800gの体重も2日で元に戻ってしまったし。その、気分が冬になってしまいそう。

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あまり間が空くと忘れてしまいそうなので、件の2泊3日の東京旅行中に考えたことをメモ的に書いておく。まずは……

待ち合わせをする若者たちの中で、自分だけが年を取っている。子供が生まれなくなり、地球上で50代のカップル二人だけが一番若い人間となる世界を描いた、ブライアン・オールディスの「グレイベアド」の真逆の感覚。束の間の、地球上で自分だけがお呼びでないという感覚。ところが同い年のヨウタロウは、僕の抱いた孤立感など微塵も感じさせない、あまりにも自然体であった。何故僕だけがこれほど自分の年齢にコンプレックスを抱いてしまうのか。たぶんそれは自意識の問題で、無意識のうちに僕は周りの自分よりも若い(あるいは若いと思われる)人たちとどこか張り合っている、あるいは張り合いたがっているんじゃないかと。それが自分だけが年を取っている、自分だけが58歳であるというようなコンプレックス、あるいは先入観のようなものになっているんじゃないか。ところがヨウタロウにはそういった他人と自分を比較するような自意識がほとんど(まったくといってもいい)感じられないのだ。いや本当に、どうすればヨウタロウみたいに尋常じゃなく肩の力が抜けるのだろうかと。

意外なことに、久しぶりに東京に向かう前はどちらかというといまや田舎者になってしまったというコンプレックスを感じるのではないかと危惧していたのだが、それはむしろまったくと言っていいほどなかった。それよりも、前述のような世界中の人間が全員自分より年下なのではないかという奇妙な孤立感を強く覚えたのだった。

その年齢コンプレックスに密接に繋がっているんだけれども、今回の旅はもしかしたら僕がセックスをする人生に於けるラストチャンスかも、と思っていたのだった。つまりそれは裏を返せば、山形の片田舎の実家で一人暮らししているとそういう機会はもうないだろうなと常日頃思っているということでもあるのだが。では何故東京に行けばラストチャンスがあるのかというと、まず単純に風俗というものがある。デリヘルもあるしソープもある。デリヘルは山形にもあるが、利用するとなると途轍もなく面倒な手順を踏まなければならないような気がする。それにデリヘルってのは昔のホテトルとは違って……まあいいや、とにかく、実際僕の泊まったホテルは赤羽のダークサイド、つまり風俗街の方にあったわけだし、自分さえその気になれば出かけるなり呼ぶなりということは出来たはずなのである。電車が池袋に近づいて角海老(ソープランド)の看板が見えたとき、あああそこに行けばいいのかな、とか思ったのだけれど、実際問題としていまだかつてソープというところに行ったことがない。っていうか、ピンサロすら行ったことがない。そういうところに平気で行けるのであれば、そもそもあれこれ考えない。

このパターンを何故実行に移さなかったかというと、もし勇気を出して呼ぶなり行くなりしたとしても、恐らくいい思い出にはならないだろうし、それどころかコンプレックスを悪化させて嫌な気分になるだけだろうと思うからだ。

もうひとつのチャンスは、連絡さえすれば(そしてタイミングさえ合えば)僕と寝てくれる可能性のある女性が、3人ぐらいは思いつくということだった。ただ僕はハナからこれを選択する気はなかった。何故なら、そのうちの誰かひとりと都合よく寝れたとしても、それはただ僕の人間関係をのっぴきならない、ややこしいものにしてしまうだろうからだ。だから彼女たち誰にも連絡は取らなかった。

詰まるところ、どっちにしても後悔するのがオチ、ということが分かっていた。そしてたぶん、(もしかしたら人生最後の)セックスをしていたら(もしくはそうしようとして出来なかったら)、今回みたいに楽しい旅にはならなかったと思う。もちろん、想定外の出会いがあって楽しい思い出になるセックスが出来たなら一番よかったのかもしれないけどね。正直それは今回に限っては非現実的だ。

というわけで、今回はそっち方面にエネルギーを使うヒマもなく、ジェットコースターのようにあっという間に過ぎた三日間で正解だったのだ、と思うのだった。

ああやっぱり、メモどころか長文になってしまった。それに、こんなことは敢えて日記に書かなくてもよかったのかもしれない。つまり、そこまで自分をさらけ出す必要はない。たぶんね。だが書いてしまったものはしょうがないので目をつむってそのままアップするなり。

って、3時じゃないか。何をしているんだ、俺は。

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平常モードに落ちる

11月15日、水曜日。

いつもの書斎のベッドで寝て一夜明けると、旅の高揚はすっかりどこかに行ってしまい、田舎の隠遁生活モードに戻ってテンションがだだ下がりに。ただ疲れだけはしっかりと残っている。それが旅の名残り。

昨夜はハイテンションが続いていたのか、疲れ果てているはずなのに何故か寝たのは3時半過ぎ、そんなわけだから朝は10時36分起床。で、朝食後はPCを立ち上げてもブラウザを起動せず情報をシャットアウトして、明け方に行われた日本代表のベルギー戦を録画で見る。つまり茶の間のコタツで大画面のテレビで見た。結果は0-1の敗戦。

という感じで試合を見終わるともう2時近く、パンの昼食を食べながらようやっとブラウザを立ち上げてツイッターのタイムラインを見始めるという感じなので、相場のチャートを立ち上げて想定をし始めたのはもう東京市場の後場も終わりそうという頃合だった。それでなくても昨日一日見ていないのでいまひとつ経過や様子が分かっていない。ひとまず指値を置いておく。で、おもむろにユーロドルを買ってみたりもしたのだが、今日は4時に精神科の予約があるので即利食い。4時近くなっていつものように何時に行ったらいいのか事前に電話すると、時間通りに来てくれというので4時ぴったりに行ったら本当に全然待たずに診察に呼ばれた。

正直、突発的に旅行に行って楽しかったという話をするべきなのか迷った(なんかうつ病の患者の話らしくないような気がして)のだが、結局は話す。それもわりと子細に話す。すると、医者はそれなら向こう(東京)に行って暮らした方がいいんじゃないですか的なことを言い始めたので、いやいや母を見なければならないしそれは到底無理と答える。大体に於いて、そもそも東京で生活していてうつ病になったのだから。基本的に毎度のことながら、精神科の診察の大半は近況報告を兼ねた世間話みたいになる。旅行に行くまで便秘に悩まされたという話をして、緩下剤(酸化マグネシウム)の錠剤を多め、それと大量の(それもびっくりするくらい大量の)漢方薬を処方された。

帰りがけに隣町の業務スーパーまで足を伸ばしてマーガリンを買い込んで帰る。

テンションがだだ下がっているのはただ単に通常の田舎生活モードに戻ったばかりではなく、薄々情報は入っていたが、母のところで天気予報を見ていると案の定、明日は雪が積もるかもしれないという予報だったからである。今日慌ててディーラーに電話してタイヤ交換の予約をしたものの、皆考えることは同じらしく今週は混んでいて、一番早くて日曜の3時ということになってしまった。日曜も雪という予報なのだ。積もってたら行けないじゃん……。

そんなわけで旅行から帰ってきた途端に冬モード突入か?みたいなことになり、僕のテンションは一気に地に落ちた。真面目な話、明日本当に雪が積もったらどうしよう。まあ明後日ぐらいには融けるだろうけど、積もったら明日は身動きが取れない。母のところへは歩いて行こうか……。などと鬱々と考える。まだ11月なのにもう雪に閉じ込められる心配かよ。という感じ。

夜は一応22時半の米経済指標から少し真面目に相場に臨もうと思ったのだが、なにせ今日もロクにチャートを見ていないので様子見でポジションを取ってプラスに転じたら即利食い、という程度にしか手が出せなかった。明日から頑張る。つもり。

まあそんな感じで、一日でなんだか旅の記憶とテンションが随分と遠ざかってしまった気がしないでもなく、昨日の日記に書き切れなかった、旅行中に頭に浮かんだもろもろのことをこのだだ下がりのテンションで今ここに書くべきなのか迷う。

いやそれにしても、今日も医者と話したのだが、2・3日東京に行って歩き回って友達と話しまくって、運動不足や気分的なものが随分と解消されたのだけれども、じゃあそれが分かったからといってもこの田舎町では同じことを部分的にも再現する材料がないのである。つまり、この田舎にいるのは小中学校の同級生ぐらいなのだが、彼らとはあまりにも共有する記憶の時差があり過ぎ、また長年の経験も慣習もまったく異なるので話を分かち合う材料がない。いろんな意味で距離があり過ぎる。

ああ愚痴になってしまった。

また長文になりそうだし、旅行中に思ったことの続きはまた別の機会に、fragmentsあたりにでも書くことにするか。

それはそれとして、今回の旅行はたまたまBooking.comというところで初めてホテルを探してみたら、価格.com的に条件別に安いものから比較してリアルタイムで検索することが出来たので、つい衝動的に予約してしまったことが発端。ここ非常に便利なのだけれど、そんな感じで衝動買いならぬ衝動予約してしまいがち。

もうひとつ愚痴を言わせてもらえば、今日はデスクトップPCが何故かやたらと重くて挙動がおかしく、経験的にああこれはバックグラウンドでWindowsの更新をしているのだなと思ったら案の定そうで、よって夜に更新して再起動した。これで直るはずだったのが、どうもいまだにちょっと動作がおかしい。うーん、突発的な旅行で散財してしまったばかりなので、ここでパソコンの買い替えとかなると痛い。機嫌が直ってくれればいいのだが。

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旅の終わり

11月14日、火曜日。

何しろチェックアウトが10時なものだから、9時15分にアラームで起床。昨夜は散々歩き回って疲労困憊していたせいか、寝付きは悪くなかった。今朝は筋肉痛が来るだろうと思っていたが、思ったほどではなかった。チェックアウトと言っても前払いで済ませてあるのでルームキーをフロントに返すだけ。喫煙席があることを確認して、朝食は駅の高架下のプロントで済ませる。

朝からホットドッグというのは、何気に自分的には贅沢な朝食のレベル。11時に新宿でユカリと待ち合わせている。待ち合わせ場所は一昨日ヨウタロウと待ち合わせた新宿東口交番の前。要するに、現時点で新宿で待ち合わせというとそれしか思いつかなかった。

駅の上り階段がきつくて電車をひとつ乗り遅れ、5分遅れで交番前に行くと、一昨日の喧騒が嘘のように平日の午前中の新宿は人が少ない。ユカリはすぐに見つかった。ユカリと会うのは熊谷(幸子)の結婚式以来だから20年振りくらいか。ユカリは雲母社時代の同僚で、僕よりも4つ年下だが会社に入ったのは彼女の方が先、当時は松任谷さんのマネージャーをやっていたのだが、僕が会社を辞めると僕の後釜で原盤ディレクターを引き継いでいた。今は雲母社っつーか松任谷さんの学校に出向中。

昨夜のうちにネットで探しておいた、アルタの隣のカフェ・ラ・ミルに入る。用意周到というか、昨夜店に電話して煙草が吸えることを確認済み(笑)。というわけで喫煙席で珈琲を飲みながら喋り倒す。二人とも癌を患って寛解した身なのでまずは病気の話から始まって親の介護の話、で、結局は松任谷さん周りの仕事の話になる。昨日も一昨日もそうだったが、田舎に帰ってからの5年弱というもの、話す相手は母ぐらいでほぼ隠遁生活とでもいうべき、誰とも話さない生活を続けているので、人と話そうとすると必要以上にアドレナリンが出て自分でもびっくりするくらい喋る。まるで世の中から隔離された蟄居のような毎日を送っているのに、一体どこから出てくるのかというぐらい自分の話の情報量が多いのに、話していて自分で驚く。普段は忘れているような昔の業界仲間の名前も不思議なくらいポンポンと出てくる。二人とも由実さんの原盤ディレクターという同じ仕事をした間柄なので話が止まらない。気がつくとそろそろ新幹線の時間がヤバいかなという頃合になり、ユカリがスマホで調べてくれて、1時39分発の湘南新宿ラインで行けば大宮に2時10分に着くということが判明、その時間に合わせて会計を済ませ(驚いたことに新宿なのに店員が日本人だった)、横断歩道を走って渡って駅で別れる。そんなわけで1時39分発の湘南新宿ラインには余裕で間に合い、大宮の新幹線乗り場のホームに奇跡的にあった喫煙所で煙草を一服する余裕があった。

火曜の夕方着という中途半端な時間のせいか、帰りの新幹線は空いていた。隣の席はずっと空席のままだった。これは楽だ。今日は窓外の景色を眺める余裕があった。というか、本来であれば2時間半という時間を耐えるために、疲れていることもあって一眠りしたいところなのだが、ユカリと怒涛のように話した余韻が残っていて頭の中を会話の続きが猛スピードで再生されていく。要するに一種の興奮状態にあったのだろう。考えてみればこの2泊3日の旅、初日の夜にヨウタロウと話し込んだ辺りからずっと興奮状態にあったのだ。人は何故旅をするのか? とか、旅って一体何をすればいいのか? とかというプリミティブな疑問を抱えたまま急転直下で突入した旅だったが、こうして振り返ってみると、この3日間が永遠に続けば結構幸せなのかもしれないと思ったりもした。旅というのはそういう側面があるのかなと。要するに普段の日常とは違うスイッチが入るみたいな。そんな具合に、ここのところ抱えていた疑問の答えみたいなものがぼんやりと頭の中に浮かんだ。要するに、今回の旅は結構楽しかったのだ。

途中から読み始めたアーヴィングの「神秘大通り」は、ちょうど主人公がファンの若い女の子とセックスをしている描写が延々と続くところで、旅の妙な興奮状態の続きにいて、肉体的にはジャングルを三日間さまよったぐらいに疲れ果てていたので、少々読むのがしんどかった。ふと気がつくと、ユカリと話すのに夢中になってしまって昼食を摂るのを忘れていた。このまま昼食抜きで到着してから早めの夕飯を食べようかどうしようか迷う。結局、3回目に車内販売の女の子が通りかかったところで1200円也の駅弁を買って、4時ごろという妙な時間に食べてしまった。ちなみに駅弁というものを食べること自体がたぶん10年振りぐらいだと思う。

新幹線は天童で信号待ちかなんかで2分遅れた。次がさくらんぼ東根の駅であるという電光掲示板の表示をぼんやりと眺めていて、英語で「The next stop is SAKURANBOHIGASHINE」という表示が流れるのを見て、ガイジンはこれを見てなんて発音するのか絶対に分からないだろうなと思う。

そのSAKURANBOHIGASHINEの駅に到着してホームに降り立つ。やっぱり東京と比べると山形は寒かった。考えてみれば当たり前だ。駅の駐車場に停めてある車に乗ってエンジンをかけ、窓を開けて煙草を一本吸う。既に外は真っ暗である。夜の帳の中を車を走らせて、我が家に辿り着く。

すると、実に奇妙なことに、家に帰りついた、戻ったというのに妙な違和感を覚えた。それは渋谷の地下通路で覚えた近未来的な違和感とちょうど真逆なベクトルの、しかし同じぐらいの分量の違和感だった。それはつまり、まだ旅の高揚感から抜けていなかったということなのかなと。

家の鍵を開け、ホテルの部屋の3倍ぐらいの広さの台所で珈琲を淹れて煙草を一服する。寒いのでもちろん暖房をつける。このころには先ほど覚えた違和感は大分薄らいでいるが、こっちの方が現実なのだという認識がまだ100%ではない。つまり自分ちに戻ったのにまだ慣れてない。6時半近くなり、母のところに向かう。これが僕の日常なのだ。

母のところでニュースを見ていると、天気予報で秋田では明後日と日曜日が雪という予報を見て仰天する。ってことは、ここ山形でも雪が降る可能性があるってことか。そんなに早いとは思っても見なかった。これは予定を繰り上げて明日にでもディーラーに電話してタイヤ交換を予約しておかなければと思う。

ことここに至って、新宿渋谷のブレードランナー的世界、久しぶりに会った友人たちと話して全開になった自分の記憶、そういういわば旅による非日常感、時間感覚から、もしかしたら明後日にも雪が積もるかもしれないという山形の実家的現実に強制着陸した。つまりそれは、旅の終わりだった。

母のところの帰りにスーパーに寄って、遅い夕飯用に稲荷寿司、明日からの夕食用の食材などを買って帰り、台所のノートPCでイタリアが60年振りにW杯出場を逃したスウェーデンとのプレーオフセカンドレグを見逃し配信で見た。で、朝は思ったより筋肉痛がないなと思ったのに、夜になってふくらはぎにギンギンに来た。

風呂に入る前に体重を計ると、三日間東京を歩き回って駅の階段を昇り降りして体重が800g減っていた。で、気がつくと便秘も治りかけてるっぽい。ああそういうことなのかと。要するに運動不足だったのかと。もしかしたら便秘が治ったことに関しては、連日珈琲をがぶ飲みして友達と喋りまくったという、心因的な要素もあるのかもしれない。

身体的にはとにかく半端なく疲れているのだが、恐らくまだ100%日常に戻ってはいないせいでなんとかまだもっている。たぶん明日の朝起きると身体中にどっと来るのかもしれない。明日は起きたら録画予約している代表のベルギー戦を情報を遮断して見なければ。

というわけで、なんだか怒涛のような2泊3日の旅は終わった。なんかあっという間に終わった。で、繰り返しになるが、驚いたことに本当に楽しかったのである。

実はまだ書き足りないことはあるのだが、長くなるのでそれは明日に回そう。そんなわけで人生はまだ続く。

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バック・トゥ・ザ・フューチャー

11月13日、月曜日。

朝食後、部屋に戻ってノートPCを立ち上げ、昨夜の冷めたスタバの珈琲を飲みながら煙草を一服する。朝の駅の喧騒が窓越しに聞こえてくるのが新鮮だ。しかしながら、この時点でも本日の予定は同級生のジョンと彼の仕事帰りに会おうというなんとなくの予定がひとつあるだけで、夕方までの予定は何もない。どこに行くかも決めてない。まったくもって行きあたりばったりの旅だ。

一応習慣で相場のチャートを立ち上げて想定をして指値を置いておく。

とりあえず、かつて16年住んだ用賀に行こうと。それで、どうせならその用賀にある松任谷さんの学校に顔を出そうと思うのだが、その学校に今は勤めているユカリと連絡がいまだに取れない。業を煮やして、ネットで学校の電話番号を調べてかけてみる。するとなんていうことか、今日と明日が定休日であると。

それならそれでしょうがない。今のところのアイディアは用賀に行くことぐらいしかないので、とにかく用賀に向かう。埼京線で渋谷まで出て、そこから田園都市線に乗り換える。田園都市線へと繋がる渋谷の地下通路は以前よりも狭くなった感じで、英語や中国語での表記やアナウンスが流れてなんか微妙な違和感がある。ちょっとブレードランナーっぽい匂いがする。

この場合の近未来というのは、明日とか明後日とか来週といった、本当のそこにある目の前の近未来だ。そしてこの場合の過去というのは、15年前ぐらいの過去だ。つまり、過去の分量と未来の分量が均衡じゃない。奇妙なバランスになっている。

用賀の駅の出口は、昔となんら変わりなかった。ひとまず、先に16年間足繁く通った喫茶店、ピロエットを目指す。いまみちくんと初めて会ったのもあの店だった。階段を上って、左に歩いていく。途中に懐かしいところが。

かつて、このコンビニの2階のワンルームマンション(右端の部屋)に住んでいた編集者の女の子と付き合っていたことがある。もう随分前の話なのだが、あのときのまんまだ。

そのまま左手に進んでいく。やがてピロエットが見えるはずだった。しかし……

ピロエットは跡形もなく、そこは駐車場になっていた。これでもう、僕はあの漆喰の壁とどこか懐かしい感じの木の床の日当たりのいい席で、夜の湖面のように黒いフレンチブレンドの珈琲を飲むことも出来なくなったわけだ。こんな風に、過去というのはどこかでプチンと途切れる。

しょうがないので道を引き返し、16年住んだ瀬田のアパートを目指そうと駅前の道を渡った。すると昔通った典型的な駅前の場末のパチンコ屋だったところは、ドトールになっていた。そこで立ち寄ってカフェ・ラ・テを飲んだ。

このそれなりに洗練された店内が、かつてはうらぶれた閑古鳥の鳴くパチンコ屋(実際それで閉店した)だったというのは実に奇妙な感覚だった。時間軸をずらしただけでこんなにも違う空間になるのかと。

ドトールを出ると、アパートに向かう。途中の角で一瞬迷って、道を間違えて首都高下を歩いたが、どうせ246を渡るので同じことだ。高架下の角の、世界一不味い(と思われる)蕎麦屋は不思議なことに潰れずにそのままあった。

歩道橋の上から見る246は、昔となんら変わりはなかった。ただ、僕が引っ越してきた当初はドライブスルーのマクドナルドで、その後クラリオンの本社ビルになっていたところは高級マンションになっていた。

歩道橋を渡ったところにある小さな川。春には両側が桜で満開になる。公団住宅の中を抜けたところが住宅街の道だ。アパートのちょうど手前の角にあったひときわ目立つ壮大な豪邸(ヤクザの幹部宅)だったところが更地になって売りに出ていた。

これはつまり、過去が売りに出ているということだ。過去・オン・セール。ご希望の方はどうぞ。

僕がかつて16年住んだアパートは寸分違わぬ姿でそこにいつもと同じようにあった。A-102。僕が業界の現場をはいずり回りながら、人生最大のモテ期を過ごした場所。だがここが以前と同じようにまだあることは知っていた。グーグルのストリートビューで見たから。今は誰が住んでいるのか気になるところだが、ここでドアチャイムを鳴らして訪ねる気はない。もしそんなことが出来るのであれば、それで小説が一本書けるだろう。

そのアパートの隣にある、小さな公園のベンチで一休み。どちらかというとこのベンチには昼よりも夜座って何かと物思いにふけったものだ。

その公園の向かいには、僕が自分の小説「幽霊譚」の舞台にしたマンションがある。このマンションは香川照之主演の映画「静かなるドン」でヒロインの喜多嶋舞の住んでいるマンションとしてロケをやってた。

この辺も、その隣の天理教の建物も僕が住んでいた当時と変わらないのだが、ついでに毎月家賃を持って行った大家さんのうちを見て来ようとワンブロックほど歩いたのだが、どこだか分からなかった。古い農家だったし、大家のお母さんは年齢からしてもう亡くなっているかもしれない。たぶんこの辺りにずらりと並ぶ新築の豪邸のうちのひとつへと変わったのだろう。

諦めて駅へと戻るが、かつては毎日通った道なのにやけに遠く感じる。今の体力からして、とっくにカラータイマーが点滅していて、もうへとへとだった。帰り道、また途中の道を間違えてしまう。だが間違える道ももちろん見覚えがあるので迷うことはない。駅前のもう一軒の小さなパチンコ屋は松屋かなんかになってた。その向かいの大手チェーンのHだけが店舗も新しくしてパチンコ屋として生き残っていた。どちらの店も東大出身ということでカリスマ的に有名だったパチプロの故田山さんが通っていた店である。つまり、彼の雑誌連載「パチプロ日記」の舞台になっていた。僕は田山さんと一緒に打った(というか客が僕と田山さんしかいないとか)ことは何度もあるけれど、結局一度も言葉を交わすことはなかった。田山さんの葬儀は前述のアパートのすぐそばで行われた。

ちょっとがっかりしたのは、大分とんこつラーメンの「柳屋」が別のラーメン屋になっていたこと。柳屋のラーメンが食べたかったのに。

ともあれ、歩き詰めで疲労困憊して息も絶え絶えの状態になりながら、とにかく渋谷に戻って昼飯を食おうと田園都市線で渋谷へ戻る。つまり近未来でもある過去から戻るというわけだ。

渋谷に着いて、例のちょっと謎な感じになった地下通路から、道玄坂に出る。道玄坂の途中の二階に隠れ家的な喫茶店があったのでそこでサンドイッチでも食べようと思ったのだ。もう完全に足に来ていてよたよたと道玄坂を上る。何人か分からないガイジンがやたらと多く、擦れ違う人も何語を喋っているのかよく分からない。路地の角に私的な両替商が立っている。ロンドンにはいたが昔はこんなのはいなかった。かつて根城にしていたパチンコ屋のあったビルはユニクロになっていた。結局、まるで八甲田山にでも登っているような足取りで坂の途中まで来たが、例の隠れ家的な喫茶店は跡形もなかった。しょうがないからラーメンでも食べるかと思うものの、道玄坂に散見するラーメン屋はどこも混んでいて入る勇気がない。信号を渡って百軒店をちらりと横目に東急本店通りに出る。途中にあったタコベルに興味をそそられたがやはり入る勇気がなかった。結局僕が入ったのは、東急本店向かいのフレッシュネスバーガーだった。ただ単に二階に喫煙席があるという理由で。

そんなわけで、結果的にやけに貧しい昼食になってしまった。とにかく無茶苦茶疲れている。感覚的には今年一年分歩いた気分。よたよたと東急本店通りを駅に向かって降りる。

こういう信号待ちをしている間に見える渋谷は、ディテイルこそなんかがなんかに入れ替わっているものの、風景自体は昔とさほど変わらない。一見、ただ細部がオルタナティブになっただけのようにも見える。しかし実際は前述のように何語か分からない言葉ばかり聞こえてくるし、何人か分からないガイジンばかりである。そういう意味では見かけこそ昔と変わらないように見えるが、内包する成分のようなものがブレードランナー的なものに入れ替わっている。つまりはそれこそが近未来、限りなく今に近い近未来なのである。そういう意味では、今日、僕は田園都市線で過去から近未来へと戻ってきたのだ。

——–

体力が完全に尽き果てたので、一旦赤羽のダークサイドにあるホテルに戻る。駅前のスタバで今日も珈琲を買って。煙草を一服しながら相場のチャートを見ると、指値はまだ成立していなかった。あまりにも疲れ果てていてどこかに繰り出す気にはなれなかったので、ちまちまと相場のトレードをする。それで、曲りなりにもちょっとだけではあるが今日も仕事をした気になる。

そうしているうちにジョンからメールで仕事が終わったという連絡が入り、武蔵浦和のドトールで待ち合わせすることにした。埼京線でかつて住んでいた武蔵浦和に向かう。帰宅時の埼京線はめっちゃ混んでいて、僕の大半の意識はとにかく痴漢と間違われないようにしようとする方向だけに使われた。

武蔵浦和の駅に着くと、なんか構内が変わっている。で、驚いたことに改札を出たところにあるはずのドトールがない。それどころが昔僕がぶっ倒れた通路すらない。駅の外を見ると、食べようと思っていたラーメン屋もない。これにはちょっと混乱した。ジョンに電話を入れて、改札前で待つ。

しばらく待つと改札から髪をやけに短くしたジョンが現れ、イタリアンでも食おうかと駅ビルを出ると、昼はいい天気だったのにぽつぽつと雨粒が落ちてきた。で、かつて元妻とよく食事をしたイタリアンレストランを目指しているのだが、先ほどの習いでこれもまた消滅していたらどうしようと思ったが、信号を渡って右に曲がると当たり前のように店はあった。変わっていたのは店内が禁煙になっていただけだった。

ジョンとメシを食う。この前後は疲労困憊していたせいもあって写真を撮るのを忘れている。疲れているからかえってテンションが上がって、まるで昨日のヨウタロウのように僕は喋る。なんていうか、喋らないと申し訳ないような、まるで沈黙が怖いような気分。食べ終わるまで我慢していたが、どれぐらいかな、たぶん1時間半ぐらい食べながら喋って、とうとう我慢できずに店の外に出て煙草を一服した。店の脇の道路は、よくよく考えると震災のときの計画停電のときに離婚した元妻が停電が怖いというので駅の反対側から20分ぐらい歩いた道だった。

席へ戻ると、店員を呼んでチェックアウトを頼んだが、どういうわけかこの店の店員は全員日本人だった。新宿と渋谷の店員は全員が日本人じゃなかったので、かえって奇妙な感じに思えた。つまりこれは、知らぬ間に自分の脳内もブレードランナー化されていたということか。

駅でジョンと別れる。武蔵浦和の駅の階段はとんでもなくきつくて、途中で遭難するかと思った。昔はこれを毎日上っていたのだ。信じ難い。いや、信じ難いのは今の自分の体力の方か。

帰りの、つまり上りの埼京線は空いていた。窓外は真っ暗な中に巨大マンションの明かりが流れる。やがて、ようやく魔都赤羽へと帰り着く。

で、ドラマ「陸王」を見てまた涙ぐむ。一体俺は何をやっているのだろう? これが旅というものなのだろうか? ノマドと称して一年のほとんどを海外を旅してホテル暮らししているドラムのミヤザワにとって旅とは一体なんなのだろう? ミヤザワの場合はもはやそれは旅ではなく、ただの生活なのではないか。あちこちを泊まり歩くことがなんでそんなに面白いのだろうか。昨日今日と、ろくに予定も計画もないままに、気がつくとあっという間に一日が終わってずぶずぶの深夜になる。ダークサイドの夜は果てしなく更ける。ときおり思い出したように電車の音が聞こえる。

一向に電話が繋がらなかったユカリからSMSで返事が来る。しかし電話をかけると繋がらない。しょうがないのでこっちもSMSで返事をする。なんか非常に原始的なコミュニケーションをしている気になる。ともあれ、明日はホテルをチェックアウト後、新宿でユカリと待ち合わせることになった。もちろん東口の交番の前である。

さて、と。一体どれぐらいの長文になったのだろうか。つまりそれが旅というものなのか。ここまでのところ、いまだに人は何故旅をするのかという疑問の答えは分からない。ただひとつ、旅の秘訣のようなものは分かった。それはつまり、

金に糸目をつけるな

ということである。

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新宿、ダークサイド

11月12日、日曜日。

さくらんぼ東根(シュールな駅名だ)13時47分発の新幹線に乗る。何しろ久しぶりの新幹線、問題は煙草を吸わずに2時間半という時間を耐えられるかなのだが、列車が動き始めるとあとはもう耐えるしかない。せめて隣の席が空いていればいいのだが……と思うものの途中からおばさんが座った。煙草よりも狭苦しい席での対人ストレスの方が厄介だ。持ってきた本を置いたものの、ふと思いついてWiFIがなくてもiPhoneでKindleの本は読めるのかな?と思って開いたらダウンロードしてあるものは読める(当然)。そんなわけで無料だったのでなんとなくダウンロードしていた漫画「カイジ」の1巻を読み終わると、道中の半分ぐらいの時間が過ぎた。これはラッキー。あとは寝ようかと目をつむる。意外なことに僕を途中から悩ませたのは尻の痛みだった。一体全体、これは新幹線の椅子が問題なのか、それとも自分の薄っぺらい尻の問題なのか。ともかく、尻が痛くてなかなか寝付けない。と思っていると宇都宮を過ぎた。16時22分大宮着。なんだかんだ、途中の景色はほとんど見なかった。僕の記憶の中の大宮はとにかく空気が悪くて臭いというイメージなのだが、今日はそれほど気にならなかった。

大宮から埼京線に乗り換えてホテルのある赤羽まで。ドア脇にもたれて窓外に流れる景色を見る。考えてみれば電車に乗ること自体が2013年の1月以来なのだが、久しぶりに見る都会の景色は何故かちっとも懐かしくなかった。久々という感じがせず、まったくもって見慣れた景色に思えた。途中、武蔵浦和を通過したときに、ロッテの球場が見えて「ジャパン」というディスカウントショップが見えてようやく、ああ結婚していたころはあそこに住んでいたんだという思いが湧く。ジャパンなんて存在そのものを忘れていた。結婚していたころは毎晩ロッテの工場の周りを散歩して、途中の入り口の階段に腰を下ろしてI泉さんと長電話をしたものだった。

赤羽に着いたはいいが、ホテルがどこか分からない。赤羽の駅前自体が僕の記憶にあるものよりもちょっと新しくなった分洗練されていてどっちがどっちか分からない。確か駅からすぐということだったが。スタバで珈琲を買ってから、結局駅前の交番で道を訊いた。ホテルに辿り着くと、確かに南口で降りればすぐという場所だった。で、どっちかっていうといかがわしい側にあった。

ホテルの部屋は思ったよりも狭かった。考えてみればホテルというものに泊まるのは最後に仕事でアメリカに行って以来だから10年振りぐらいかもしれない。狭い机に持ってきたノートパソコンを開いてLANケーブルを繋げて立ち上げる。スタバの珈琲を飲みながら煙草を一服してヨウタロウに電話した。

ヨウタロウは車じゃなく電車で来るというので、渋谷ではなく新宿の東口の交番前で待ち合わせることに。これまた物凄く久しぶりにヤフーの路線検索で調べると新宿までは埼京線で15分だった。

6時過ぎに新宿駅に到着、久しぶりに混みあうホームを歩いて出口を目指す。これだけの人波も久しぶりなのだがやっぱり懐かしいという感じはしない。人でごった返す新宿東口交番の前でヨウタロウを待つ。

とにかく人、人、人。来るときに気になったのは、山形よりは寒くないだろうから、自分の格好だけがずれてるんじゃないかということだったが、いざ東京に着いてみるとむしろ僕よりも厚着の人の方が多い。もうダウンジャケットを着ている人も多い。

辺りを見渡すとアルタとかビックカメラとか昔と変わらないものが目につくが、風景のディテイルが違っていて違和感があり、ちょっとブレードランナーっぽい。交番前で待ち合わせているのは若者ばかり、あるいは何人か分からない外国人たち。ぼんやりと、こいつらもあと30年も経てば俺よりも見た目は老けてるはず、と思う。

10分ぐらい待ってヨウタロウの携帯に連絡を入れたい衝動に駆られたが、それはどこかおのぼりさんっぽい行為に思われてもう少し我慢して待つことにする。待っている間、不意に大学に入って初めてクラスでヨウタロウに会ったことを思い出す。まだ一緒にバンドを組む前のことを。

やがて現れたヨウタロウは案の定老けていて、そして以前よりも太っていた。考えてみればヨウタロウと会うのも前回バンドの練習をして以来なので7・8年振りなのだった。

ヨウタロウの案内で東口の駅前から南口方面に歩く。ライオン会館は初めて新宿に来たときと同じように同じ場所にあった。そこを右に曲がって、雑居ビルの狭いエレベーターで5階の無国籍料理を出す洋風居酒屋に入る。ヨウタロウの話によると今はとにかく日本人の店員がいないということで、確かに店員は皆何人か分からない(だが流暢な日本語を話す)人だった。

メシを食いながらヨウタロウと近況などを話すが、結局はやっぱり音楽業界、そして音楽そのものの話になる。で、久しぶりにアドレナリンが出ている自分もそうだが、ヨウタロウはとにかく語る。こういうところはまったく変わってない。で、気がつくと11時近く、4時間も話し込んでいた。正直、ここまで長く話し込むとは思っていなかったが、実に楽しかった。夢中で話した。これだけでも来た甲斐があった。5年に一度のイベントだから、と勘定は僕がカードで払った。駅の構内で京王線に乗るヨウタロウと別れる。

久しぶりに会ったヨウタロウは、先ほど交番前で不意に思い出したかつての美少年の面影はなく、てっぺんが少し薄くなって見た目は老け込んでいたが、話してみると昔とちっとも変わらなかった。まったくもって饒舌で何かを説明するのか大好きでどこか人懐っこい。背中合わせの若いカップルの男の子にもまったく屈託がなく自然に話しかける。そういうのはちょっとうらやましい。僕にはまだいろんなコンプレックスがあるから。

帰りの埼京線は空いていた。赤羽のダークサイドにあるホテルの周辺には、コンビニ以外では怪しげな店だけが煌々と看板が点いて、路地裏には客引きらしい怪しげなおっさんがいる。自動販売機でコーラを買って一度部屋に戻るも、すぐに思い直してホテルの前のセブンイレブンで寝酒用の果実酒とポテトチップスを買ってくる。

煙草を何本か吸って、シャワーを浴びてからこの日記を書く。防音がしっかりしているせいか、深夜の東京というかダークサイドの赤羽は思いの外静かだ。窓から下の道路を見ても人影はない。考えてみれば今日は日曜、日曜の深夜なのだから当たり前か。

というわけで、何の確固たる予定もなく行きあたりばったりに来た初日はあっという間に深更を迎え、そして僕は明日の予定というものをこの時間になってもまったく持ち合わせていない。武蔵浦和で会社帰りのジョンと会うことだけ。さて日中はどうするか。どこへ行くか。

そんなことはお構いなしにダークサイドの夜は更けていく。

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