A little bit of this, a little bit of that

5月21日、月曜日。

という具合にまずツイートを引用するときというのは、大体書くことが思いつかない日。

まずもって起きた時間が中途半端過ぎる。朝食後に相場の想定をして指値を置いたものの、まんじりとして待つ気もしなかったので一週間ぶりに業務に行った。すると一度も当たらないという強烈な不ヅキでボコボコにされる。この日中はそれなりに暑かったような気もするのだが、スマホによるとそれほど気温が上がったわけでもなさそう。帰宅後、トレード少々。家事少々(ボタンつけとトイレの床掃除)。母のところから帰宅後夕食。夕食後は特に何をしたというわけでもなく、珈琲の豆を煎ってYouTube少々。トレード少々。

総じてなんていうこともない日だった。

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Nope

5月20日、日曜日。

鹿島が仙台に1-2で負けてしまったので、すっかり気落ちしてモチベーションが激落ち、小説を書くどころじゃなくなった。ただ、一応書き出しだけ考えた。

最初に考えたのは、

月子に最初に会ったときに思ったのは、ツキコなんて変な名前だなということだ。

で、次に思いついたのは、

しけた店だった。

前者だったらラブ・ストーリー、後者だったらハードボイルド。

考えてみると随分長いこと小説を書いていない。基本的にはプロットを立てずに書きながら即興で考えるタイプなのだが、どちらかというと物凄く散々悩んだ挙句であっても骨子となる最小限のプロットを考えてから書く方が上手く行くような気がする。いずれにせよ、もはやすっかり根気というものがない。ほとんどゼロだ。

今朝は物凄く残酷な夢を見た。一人の女性が何かに跳ねられて身体が真っ二つにちぎれて吹っ飛ぶというような。ああこれはこうなるなと思いながら見ていたところをみると明晰夢だったのだろう。自分の心の中のどこかに潜在的にそういうものを見たいという意思があったのかもしれない。

二度寝して起きると10時53分で、寝過ぎの頭痛がした。頭痛薬のアドヴィルを飲んでも頭痛はなかなか治まらず、夕方までその残滓はあった。

鹿島の試合に戻ると、今日は仙台の方が出来がよくプレー精度も高かったということもあるが、とにかく鹿島の出来が悪かった。で、悪いときの習いでなんとなく失点してしまう。ボールを持っていてもいつの間にか相手に渡してしまうという場面が散見。コレクティブなサッカーが出来てないという印象。正直、これからリーグが2ヵ月も中断するということもあって、試合終了後凄いいらいらした。心がささくれだった。どうにも気持ちのやり場がなく、しょうがないので玄関前の草取りをやったがやっぱり頭痛がした。それから母のところに行こうとすると、庭先を近所の黒猫が通りかかって、呼ぶとやって来て撫でるとごろごろした。こういうときはほっこりするはずなのだが、やはり心の中は敗戦の色が濃い。負けたらなかなか気分が晴れない。当たり前のことだ。

夜、Netflixでクエンティン・タランティーノ監督「パルプ・フィクション」を久しぶりに見たが、改めてタランティーノは音楽のセンスがダサいと思った。

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Another Moon

5月19日、土曜日。

昨夜寝る前の雨の音は凄かった。最上川が決壊したらどうしようと考えるほど。秋田の方では被害があったらしい。

それはそうと、今日の日記のタイトルを考えていてふと浮かんだ「Another Moon」、いいタイトルだな。明日このタイトルで小説を書こう。たぶんカタカナにすると思うけど。

朝は9時ちょうどに目が覚めたのだが土曜日だしまだいいかと二度寝して10時33分に起きたら寝過ぎの頭痛。朝食後、大谷が出ているというので珍しくメジャーリーグの試合をぼうっと見ていたが、とにかく野球はかったるい。見たいのは大谷だけなので。

今日は久しぶりに弟が来るかもしれないというので、昼頃に掃除機をかけた。ふと思ってフィルターを交換しようとしたらパンパンに膨らんでいて、交換すると吸引力が凄い。今までどれだけ詰まっていたのか。

親戚を一通り回って弟が来たのは3時過ぎだった。弟の話によると、去年入院して要介護5まで行って食事すら摂れないという話だった隣町の叔母(母の妹)がとっくに退院して全然元気だったということで驚く。ここ半年以上音沙汰がなかったので。

弟は椅子に腰かける暇もなく母のところへ。僕は4時に予約があった歯医者に。珍しく30分ほど待たされた。

6時半近く、母のところに向かおうとすると夕暮れ時に青空が覗いていた。ところが夜になるとまた外は雨の音。それにしてもよく降る。

で、藤沢周平「刺客」読了。用心棒日月抄シリーズの3作目だからしょうがないのだが、用心棒の話が余計というか蛇足に思えて。こうしてみるとこのシリーズはエンターテインメントに徹していると改めて思う。

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雨の日

5月18日、金曜日。

土砂降りの雨。

今日は朝から体調が悪く、昼を挟んで1時間半ほど寝込んだ。何がどうというはっきりしたものはないのだが。

で、今日はガーナ戦に向けての日本代表メンバーの発表があった。

釈然としないのはポルトガルで10得点12アシストと結果を残した中島翔哉が選外で、ベンチ入りすら出来ない浅野と井手口が入ったこと。この数か月で1試合途中出場しただけの香川も似たようなものだが。結局本田・香川・岡崎を欠かせない選手として呼んだが、4年前に彼らが今よりもトップフォームだったときにブラジルW杯で惨敗したことを忘れてしまったのだろうか? 個人的には鹿島から昌子・植田・三竿健斗と三人、それに元鹿島の大迫と柴崎が入ったのでそこはよしとしたいところだが、なんつーか、今回のW杯はいまひとつ応援する気になれない。会見を見ても西野はまったくオーラがないというかむしろ負のオーラを出しているし。

前述のように体調が悪かったので本来はトレードしない日なのだが、午後だけトレードして夕方に手仕舞い。

夕食後の夜、なんとなくAbemaTVの将棋チャンネルなるものを見て、藤井六段が七段に昇格する瞬間を生で見た。直後のインタヴューではシャッター音で聞こえないくらいの報道陣に囲まれ。この、15歳で七段という彼はこの後どういう人生を歩むのだろうか。他人事ながら薬局にコンドームを買いに行くことすら出来ないのではないかと心配になる。それはともかくとして、将棋チャンネルをそのまま見ていたら、対極後に感想戦というものがあることも知らなかった。お互いに談笑しながら対極を振り返る。その間にも物凄いシャッター音。まあ一番驚いたのは朝から晩まで正座していられるということだが。一体どうすればそんなことが出来るのか。

弟から電話があって明日県内の親戚を回るということだが、一緒に行くかどうか迷うところ。なんだか親戚付き合いがすっかり苦手になってる。近所付き合いもそうだが、気がつくと人付き合いそのものが苦手になっているのかもしれない。困ったことだ。

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Englishman in New York

5月17日、木曜日。

夜、町内会の集まり。いきいきサロンというよく分からない活動の。要するに健康ウォーキングだの、スポーツ(といってもダーツとかラジオ体操とか)だの清掃だのといった類。朝の6時からの健康ウォーキングすら言語道断と思っていたのに、用水路の清掃が朝の5時半からというのにはただただ絶句するしかなく、自分には逆立ちしても到底無理なのでひたすら黙っていた。で、当日はシカトするしかないと。

なんでこんなことが起こるのかというと、基本的に標準語で思考しているせいかなと。それで山形弁を聞いてもそれを一度脳内で標準語にエンコードしなければならない。で、母と会話するときだけたぶん山形弁で思考しているんじゃないかと。それにしてもしかし、町内のサイトウさんの発音はあまりにも訛っていて何を喋っているのかまったく聞き取れず唖然とする。下手すると単語ひとつ聞き取れない。こうしてみると、うちの両親は確かに山形弁だったがここまで発音が訛っていなかったということになる。とにかく本当に訛っている人は発音記号自体が違うので、まるで別言語だ。

それはともかく、今日は今年になって初めて夕飯を外食で済ませた。

というのも久しぶりに冷たい肉そばがやたらと食べたくなったせいだが、僕が食べたかったのは一寸亭(ちょっとてい)本店の肉そば。今日食べたといやの蕎麦は味が薄いというか蕎麦自体があまり美味しくない。つまり一寸亭本店を基準とするとだが。この町にはやたらと蕎麦屋があるが、どういうわけか閉まるのが早い。7時近くなってもやっている店となると、といやぐらいしかない。というか、ネットで一寸亭本店の営業時間を調べたのだが、一応7時までになってはいるものの、蕎麦が売り切れた時点で終了ということになってる。なのでこの界隈の蕎麦屋がやっているのは大体6時ぐらいまでという中途半端な時間になってしまい、夕飯には微妙になる。この辺は都内とかと比べると奇妙というか普通じゃない。都内で6時前に終わる蕎麦屋なんて普通考えられない。

昨日は闇雲に暑かったが今日は若干気温が下がりちょうどいいくらいだった。朝9時ジャストに目が覚めて起きようと思ったのだが知らぬ間に気絶していて結局起きたのは10時22分。

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エイリアンズ

5月16日、水曜日。

奇跡的に最初に目が覚めたときに起きて9時31分起床。10時前に起きるのはなんと8日振り。我ながら呆れかえる。さすがに午前中睡魔が襲ってきたがなんとか耐える。

今日は2時に母が病院で診察を受ける。それにしても暑かった。病院の帰りにスーパーに買い物に寄ったら、外気温は31度。どうりでTシャツ1枚になっても暑いわけである。とにかくクソ暑かった。

で、本日のメインイベントは21時キックオフのACL、上海上港対鹿島。前回ホームで3-1で勝っているので、負けても2点差をつけられなければ勝ち抜けが決まる。前半早々にフリーキックからフッキにゴールを決められ嫌な感じ。あと1点取られたら敗退というプレッシャー。と思ったら前半終了間際に土居聖真の見事なゴールで1-1として、これで2戦合計4-2とリードしてかなり有利に。このまま試合を終わらせればいい。しかし後半、ゴール前で昌子がヘッドでクリアしたのをハンドという大誤審でPKになり、これをまたもやフッキに決められ2戦合計4-3となって、あと1点取られると延長に突入という状態に。しかしこれをなんとか凌いでようやっと鹿島はベスト8に勝ち上がった。今日はとにかくGKのクォン・スンテが物凄いスーパーセーブを連発、今日のスンテは神がかっていた。それと土居聖真のアウェイゴールが大きかった。何はともあれ、10年振りにベスト8進出なのだが、目標は優勝なのでこれで万事OKというわけではない。

それはともかくとして、夕食後なんとなくYouTubeで気になったものを聴いていて、恥ずかしながらキリンジの「エイリアンズ」を初めて聴いた。これが異常にいい曲なので驚き、いろんな人がカバーしたものも含めて今日だけで10回は聴いた。にもかかわらず完璧にはメロディを覚えられないというのにもびっくり。しかし、なんで今日まで知らなかったのだろう。2000年のシングルだから僕はまだ業界にいたはず。だがよく考えてみると2000年はうつ病を発症してテレビを一切見なくなり一時期は本もろくに読めなかったころだ。30代前半まではマメにCDを買っていたのだが、このころは既にプライベートではほとんど音楽を聴かなくなっていた。それにしても、これだけいろんな人がカバーしている曲を今日まで知らなかったというのは。

と、iTunesを立ち上げて調べてみたら、UNCHAINのカバーアルバムに入っていることに今気づいた。つまり聴いたことがあったのだ。しかしなんで記憶に残らなかったのだろうと改めて聴いてみると、オリジナルとは大分印象が違った。バージョンによってこんなに印象が違うのか……。

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決意

5月15日、火曜日。

実際のところ、ノスタルジーとセンチメンタリズムは似ているというかほぼ同じようで、さほど違いはないように思える。生まれ育った田舎に戻って生活している今は、さしずめノスタルジーの只中にいると言えないこともないが、どういうわけかそういったノスタルジーもセンチメンタリズムも覚えないのである。というのはつまり、ノスタルジーというものは時間軸の中に存在しているものだから。そういう意味ではいつの日か、今を懐かしく思う日も来るのだろう。

今日はとにかく朝起きたときから体調が悪く、昼頃になってまったく(完璧に)食欲がなくなってしまったので1時間半ほど寝込んだ。昨夜日記を書いている最中に胃液が逆流したのと関係あるのだろうか、一応朝胃液を抑える薬は飲んだのだけれど。

久しぶりに村上龍原作で三池崇史監督の「オーディション」を再見したが、後半よく分からなくなる映画としての内容はともかく、エンディングロールに流れる主題曲(ELIE PARK「Scarlet」)が滅茶苦茶カッコよかった。

夕飯どきにはなんとか食欲が戻った。夕食後、Jリーグの25周年ということで25年前のJリーグの初戦、ヴェルディ川崎対横浜マリノスの試合をDAZNが中継(?)したのをYouTubeで見た。

それからなんとなくYouTubeのトップページに出てきたサムネイルをクリックして、Lampというバンドを初めて見た。なかなか興味深いバンドだったので何曲か聴いてみたのだが、彼らの音楽もそうだがPVも80年代初頭を物凄く意識したもので、そのうちのひとつは僕らの学生時代そのままの世界だった。

つまりそこにはノスタルジーがあった。彼らの曲やPVには明確な70年代、80年代へのリスペクトがあった。彼らは79年や80年生まれだけど。そこで僕は初めて僕らが過ごした70年代後半から80年代初頭の学生時代を肯定された気がした。これはちょっとした驚きだった。もう僕らは時代に取り残されたおっさんでありジジイであるのだと思っていた。そんな風に、どこか憧れを持った目で自分たちの若かったころを見られるとは思わなかった。そして、彼らの目や耳を通して見るノスタルジーは、センチメンタリズムそのものだった。

そんなわけで僕はちょっとした決意をした。

気がつくと、いつの間にか時代に合わせよう、追いつこうとする自分がいた。でもそうじゃなくてもいいんだという気がした。まあたぶん、途中で飽きてまた髪を切ってしまうのだろうけれども。

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Monday blue

5月14日、月曜日。

相変わらずツキがない。それはちょこっと業務に行ってみてもそうだし、相場のトレードをしてもそうだ。ドル売りと判断したのは間違いではなかったが同時に円売りになるというのは想定外、要はユーロドルのポジションを持てばよかったのだが結局ドル円で損切りする羽目に。まあこの辺は単にツキがないというよりはやはり判断がよろしくないということなのだろう。

それはともかく、昨日辺りからやけに肩が凝る。それと口中の感覚がおかしい。と思ったら夜になってまた差し歯が取れてしまった。もうこの1年で何度目だろう。4度目か5度目か。いずれにせよ、もはや歯医者の言うように土台を作り直してもらうしかなさそうだ。

夜、NHKの「プロフェッショナル」で本田圭佑を見たが、相変わらずの大言壮語、自分で「本田圭佑」を固有名詞として使ったり、挙句の果てには「プロフェッショナルとはケースケホンダだ」と言うあたり、もはやミスター勘違いと言うしかない。追い詰められるほど力を出すみたいなことを自分で言ってたが、それをいうなら3月のウクライナ戦こそその場だったはず。どっちにしろ、大口を叩いてばかりの選手よりも黙って本番で結果を出す選手の方を支持したい。ケースケホンダじゃなくてね。

なんか一瞬胃液が戻りそうになった。うーん。

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人間失格中

5月13日、日曜日。

なんでこんなに起きられないのかと言いたくなるが、今日のところは一瞬の油断だった。それにしてもちょっと酷過ぎ。

今日は昨日よりも最高気温が4度低かっただけで寒いと感じた。ほんの3度か4度という加減で暑くなったり寒くなったり忙しい。何の予定もないし起きた時間が時間なので、昼過ぎに業務に行ってみるがネタはすべて埋まっていてあぶれ、何もせずすごすごと帰る。

そんなわけなので、我ながらワンパターンだと思うものの、通算5度目の「JIN -仁ー」完結編を最後まで見てまたしてもボロ泣き。途中まではなかなか感情移入出来なかったのだが、最後の方になって決壊。

そういえば今日は母の日だということにツイッターのタイムラインを見てようやく気づき、母に小さいチョコレートケーキ(誕生日と同じもの)を持って行った。母の誕生日は5月10日なのでいつも母の日と近いということを、毎年毎年失念してしまうのは情けない。どうもそういうことに鈍感というか疎い。

さて、問題はいい加減明日からはもうちょっとまともな時間に起きたいということなのだが、どうしたものか。アラームをかけるのもなんか気が進まないし、先日精神科の医者が言っていたように睡眠薬のひとつを半分に割って飲むかどうするか。はてさて。

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不運

5月12日、土曜日。

今日の試合には勝ったけれどクラブ史上初の2部降格が決まったハンブルガーSVは、ゴールライン上に警官隊が並んだままという異様な状況の中で試合終了のホイッスルが吹かれた。アディショナルタイムに入って既に降格がほぼ決定していたが、ピッチ上に発煙筒や爆竹が投げ込まれピッチは黒煙に包まれ、どこにいたのかと思うほどの警官たちがピッチ上を埋め尽くす。警察犬、騎馬隊まで出ていた。物凄い数の警官隊がピッチ上にいてもまだ発煙筒は投げ込まれる。試合終了後、涙を見せながら場内を回る選手たち。初めての降格が決まったというのに、スタジアムは異様な盛り上がり。なんとも不思議な光景だった。

今日もまた、起きたら11時を過ぎていた。今週の後半はもうボロボロ、惨憺たる有様。不思議なくらい起きられない。朝食後、図書館に本を返しに行き、そのままなんとなく業務に行ったが今日は暑かった。スマホによると昨日よりも1度高いだけだが半袖の人も目立つほど。かくいう僕も着ていったGジャンを脱ぎ、長袖をまくった。それはいいのだが業務の方は前回の馬鹿ヅキの帳尻合わせといわんばかりの不ヅキ。まあ確かに、データカウンターを見て14回転で当たって16連チャンした奴がいるんだなと思ったら水曜日の自分だった。しかしながら、その水曜日の業務の馬鹿ヅキを除けば今週もまた運がなかった。バイオリズムがどうたらとか以前書いたけれど、そういう風に言いたくなるほど最近の僕には運がない。なんだかそんな風にツイていないことがまるで当たり前のようになりつつある。そして、もしかしてこのまま自分の人生は終わってしまうのだろうかとか考える。運勢などということを考えてもそれこそ仕方がないのだが、もし人生に期待値というものがあるのであれば明らかに僕の人生の後半は期待値がマイナスになりっ放しである。確かに40歳ぐらいまでは妙にツイていた気がしないでもないが、それでも辛い時期はしばしばあったわけだし、ずっと馬鹿ヅキだったわけではない。ならば、今の運のなさはどこかでちゃんとお返しが来るのだろうか。つまりその、エネルギー保存の法則みたいなもので。

だが考えてみれば、本当のどん底のところでもしかしたら僕という人間はツイているのかもしれない。田舎に帰ってから一気に怒涛のように襲ってきた数々の不運も、結果的にはもしかしたら幸運になった部分もあるのかもしれないとも思う。でもそれはプラスになった幸運ではなく、最悪の結果を免れたというただそれだけのことのように思える。まあだからこそ人生がまだ続いているのかもしれないが。

そんなわけで藤沢周平「孤剣 用心棒日月抄」読了。連作短編だった1作目と長編の中間ぐらいの感じで確かに読みやすいのだが、その分軽さは否めない。シリーズ4作目の「凶刃」が長編として非常によく出来ていたので、どうしてもそれと比べてしまう。実際、筆致も「凶刃」が一番端正だったように思う。シリーズをさかのぼって読んでいるわけだが、今日も図書館から3作目の「刺客」を借りてきた(全集の10巻)のでこれもまた読んでみるけれど、今のところ用心棒というところにこだわっていない「凶刃」が一番よく出来ているように思えるのが皮肉。

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