タオル

3月23日、土曜日。

今日の手帳の予定には「タオル」としか書いてなかった。母のタオルを昨日洗濯して、今朝乾いていることを確かめた。

タオルを忘れたことに気づいたのは、最上川の橋を渡って隣町に入ってからだった。雪がちらちらと舞う中を車で病院に向かいながら、なんでタオルを忘れたんだろう?と思った。今日の予定はそれだけだったのに。あんなに忘れないようにと思っていたのに。なんだかタオルがトラウマになりそうだ。家に引き返して取って来ようかと思ったときは、既に13号のバイパスに乗るところで、手遅れだった。なんてこった。そう思いながら走っていると雪は本降りになり、空から無数の雪が舞い降りてきた。

今日の母は昨日同様に無口だった。たまに口にする言葉は「分からない」だった。結局昨日洗濯したタオルは今日必ずしも必要ではなかったが、問題はそこではなく自分が忘れてしまったところにある。

何故忘れてしまったのだろう? 人間は何故忘れるのか。もちろん、忘れるということがどれだけ僕らを救っているかということは分かる。そうじゃなければ生きるということはあまりにもいたたまれないだろう。

母のタオル。

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3月22日、金曜日。

今日の母は元気がなかった。僕がいた大半の時間は寝ていたし、表情も冴えなかった。ただ左足の傷の処置を見ていて、弾性の包帯を巻いているせいなのか膝から下のむくみが幾分解消されていた。太腿はまだかなりむくんでいるので、今日は足の付け根まで包帯を巻いていた。今日はまた造影剤を使ったCTを撮ったということだったが、昨日気になった血尿は心配ないということ。

病院から帰宅後の5時過ぎ、なんとなくユーロドルのショート(売り)ポジションを持ってちょっと下がったところですぐに利確してしまったのだが、驚いたことにその数十秒後に30ピップスほどの急落、結果的には70ピップス以上下落した。唖然。今の今までポジションを持っていたのに取り損ねた。これはまったくついていない、運がないと思ったが、この急落は経済指標に反応してのことだったので、もし逆に(上に)動いていたらあっという間にストップがついていたわけで、そう考えるとある意味運があったというべきなのか。うーん。なんかもやもやすることは間違いない。

親善試合、日本 0-1 コロンビア。

現実問題としてこの試合は勝てないだろうと試合前から思っていた。その意味では思ったより内容はよく、善戦したともいえるだろう。ただ中島以外の選手のシュートが枠に飛ばないのは頭を抱えるしかない。PKを取られたのは確かに不運だったが、それをいうならあと2点ぐらい取られていてもおかしくなかったわけで、そういう意味では特に不運だったとは言えない。一方で、U22の試合で鹿島内定の上田綺世がハットトリックを決めたのは嬉しい。

総じて、多くを望まないのであれば今週はそこそこ運があったのかもしれない。母の手術が無事終わったのがすべて。それ以上は何も望まない。

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白い鳥

3月21日、木曜日。

昨日帰りがけにふと思った、これ以上何も望むまいという言葉は何やら素晴らしい金言のような気がしてきた。座右の銘にしたいくらいだ。望まなければかなわないものもなくなるというある種ネガティブなベクトルだけれども。

弟と一緒に地元でもダントツの不人気店で昼食の蕎麦を食べて(案の定ガラガラだったがそれほど不味くなかった)から今日も二人で病院に行った。母は昨日と変わらないように見えたが、血尿が出ているということと熱が37度あるということが気がかり。去年の暮れから造影剤を使ったCT撮影を繰り返したので腎臓に負担がかかったのだろうか。弟は病院から直接仙台へと帰っていったが、帰る間際に大分の医者二人の名前を訊いて欲しいと言われたので、だったら自分で訊け、それを調べても何もならないだろうと返して、最後まで僕らの間は微妙な空気感のままだった。弟が帰ったあと、看護師が母を車椅子に乗せたので、二人でデイルームからの景色を眺めた。今日は昨日より10度気温が下がって雨の日だったので、素晴らしい景色とは言えないが、母が今見ることのできる唯一の景色だ。

病院から帰宅後、夕飯を食べようとして弟が台所の隅から隅まで掃除していったことに気づいた。なんだか噛み合わないままで終わってしまったけれども、これではまるで掃除しに来てもらったようで申し訳なく思った。

例の家の前を今日も往復二度通ったけれど、やはりまったく人の住んでいる気配はなく不気味。ただ、駐車場にかけてあったビニールシートの色がいつの間にか青から銀に変わっていた。とすると、やはり誰かが住んでいるのだろう。

そういえば昨日だったか一昨日だったか、たぶん昨日だと思うけれど病院に向かう途中の道で頭上をやけに大きな白い鳥がゆっくりと横切っていった。運転中なので写真は撮れなかったけれど、サギよりも明らかに大きかったので恐らく鶴だったんじゃないかと思う。それともコウノトリ? まさかね。ハクチョウではなかった。とにかく不思議なくらいに大きい鳥だった。

やたら暑かった昨日に比べて、今日は急に気温が下がって寒かったが、明日から日曜日までスマホによると雪の予報。本当に降るのだろうか。

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翌日

3月20日、水曜日。

9時53分、病院からの電話で起こされる。母は今日の午前中にICU(集中治療室)から一般病棟に移されるということだった。起きて台所に行くと、弟が家中を掃除していた。特に風呂場は熱心で、浴室の椅子は捨てて新しいものを買ってきた方がいいとごみ袋に入れていた。弟の掃除に対する入れ込みようはさながら潔癖症のそれで、僕がA型で弟はB型なのだがなんでこうなるのだろうと思った。そういえば父がB型なのに物凄く几帳面だったので、弟は父に似たのだろうか。とすると、僕は母に似たことになる。

特養の相談員が心配して電話をくれたので、手術が無事に終わったことを報告。同じく叔母(母の妹)と叔父(母の弟)にも報告する。

1時過ぎに弟と二人で病院に向かう。今日はとにかく暑かった。外の気温は18度だったが体感温度は20度を超えていた。母は前回と同じ部屋の同じベッドにいた。まだ鼻には酸素吸入のパイプが繋がり、心電図などのバイタルも繋がっていて、ICUからベッドごとそのまま病室に移ったようだ。今日の母は元気だった。最近にしてはよく喋ったし、ときおり笑顔も見せた。母が元気なのには本当に安心して、病院からの帰り道、これ以上何も望むまいと思った。

夜は公民館で町内会の総会に向けての打ち合わせ。4月から区長が変わることになった。今年会計をやっていた、一番発音が訛っていて聞き取りにくい人だ。今日話していて驚いたのは、うちの近所の空き家だと思っていた家に実は人が住んでいるという話。2階建ての家だが電気が点いているのを一度も見たことがないし一階の駐車場には青いビニールシートが被せてある。そういえば夜にそのビニールシートをめくって車を停めているのを見たことがあるが、あれは誰かが空き家に勝手に車を停めているものとばかり思っていた。実家に戻ってもう6年目になるが、その間その家は人が住んでいる気配はまったくなかった。その家の隣の人の話によると、どうやら電気も通じておらずトイレが水洗になっていない可能性もあるという。住人は町内会に入るのを拒否して、人が訪ねてきても出ないのだという。本当にびっくり。まるで怪談だ。うちから目と鼻の先にそんなところがあるとは。一体全体、どういう生活をしているのだろうか。

弟は今日もうちに泊まったけれど夕飯も一人で外食に出かけるしうちにいる間は茶の間に一人で篭ってずっとテレビを見ていてほとんど会話を交わさず。なんだかいつの間にか妙な距離感になったなあと思う。歳が近い分、距離感ができてしまったような気がする。それとも兄弟というのはこういうものなのだろうか。前述の掃除のこともそうだが、どこか僕と価値観が違っており、弟は弟で独自の見解を述べたがるので話をしてもどうにも噛み合わないところがあって、結局なんだかちょっと気まずくなってしまう。もちろん僕よりも弟の方が遥かに常識人なのは確かだ。かといって僕がはなはだしく非常識であるという理屈にはならないと思うのだが……。

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当日

3月19日、火曜日。

毎日が必死だ。テンパってる。今日は母の手術の日だった。

病院には11時25分に着いた。一度病室を出なければならないということで、病室内の荷物を全部車に積む。12時半に母は一階の手術を行うカテーテル室に移された。僕は一旦本来の手術室のある3階に行って手術後に母が入るICU(集中治療室)の説明を受けた。それからまた一階に移動して家族待機室というところで手術が終わるのを待つことになった。

窓のない家族待機室はまったくもって独房だった。6年前に警察に逮捕拘留されたときの独房を思い出した。最初は寝転がって昼寝を試みたが30分ほどうとうとしただけだった。待機室の中は飲食禁止ということで、昼食は売店から菓子パン1個、病院内のスタバでラテを買って駐車場の車の中で済ませる。読みかけだったカーティス・フェイス「タートル流投資の魔術」も途中物凄く難解だったが読み終わってしまい、夕方にはすることがなくなった。テレビはかえってストレスになるのでつけない。「タートル流投資の魔術」で学んだのは、人間がいかにルールを守れないかということだった。二週間トレードを習っただけのタートルの中で一番の成績を上げたカーティス・フェイスは、そのルールをひたすら守り続けただけだった。そしてそのルールは特に目新しいものでも、物凄く独自性のあるものでもなかった。結局これはある意味、人間がどれだけルールを守れるかという実験でもあった。

本を読み終わって独房のような密室の圧迫感に圧倒されそうになり、しょうがないのでスマホで相場のポジションを取る。これでとりあえずレートを見るという作業がひとつできた。ストップがつくか指値で決済するまで放置しようと思った。

6時過ぎに仙台から弟が到着。それまで手術の途中経過の報告は何もなく、もともと7時か8時ぐらいまではかかるだろうと昨日言われていたので、連絡がないということはむしろいいことなのだと自分に言い聞かせる。弟が来てようやく話相手ができて、主に手術のこととかを話していると、8時過ぎに手術が終わったという連絡が入った。それで僕と弟は3階のICUに移動して、医者の報告を聞いた。

医者の説明を聞いたところによると、あまりにもシャント(癒着)している箇所が多くてとりあえず今日は入り口のところをやったに過ぎず、以降同じ手術を何回もやらなければならないということだった。次回の手術はまた大分大学病院の医者のスケジュールが出てからということになる。医者の話から察すると、どうやら果てしなく何度も手術をしなければならないように聞こえた。ただ今日のところはこれまでのところ出血が止まらないとかそういうこともなく、成功といえば成功。医者の説明を聞いてから集中治療室の母に会う。母は酸素マスクをしていたが、麻酔から覚めて意識はあった。母は顔色が悪いとかそういうことはないがもちろん元気がない。朝から何も食べていないのですっかり弱りきっているようにも見えた。医者の話では明日にでもICUから通常の病室に移れるだろうということだった。ただし病棟の空き状況とかにもよるらしい。

病院を出たのは8時半近くだった。帰り道、弟とバイパス沿いの回転寿司に寄って遅い夕食を食べた。

帰宅後の夜、夕方病院で取ったポジションが微益になっていたので利食い。弟は今日だけ泊まるのかと思っていたら、明後日が祝日ということでどうやら明日もうちに泊まるようだ。何はともあれ、今日の手術が無事終わったことに感謝したい。

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前夜

3月18日、月曜日。

母の手術がいよいよ明日になった今日、またしても病院でひと悶着起こしてしまった。

正直言って何故自分が感情を爆発させてしまったのかよく分からない。夜帰宅後に反省してすっかり気落ちして、もしかしたら自分は異常人格なのだろうかなどと考える。そして、僕以外の人々はみな異常に我慢強いのだろうかとか。きっかけはたぶん人から見たら些細なことというか、大方の人々にとってはもしかしたら当たり前のことなのかもしれない。手術の前の晩になって、手術時に必要なものという話になってなんでおむつを用意してないんだみたいなことを言われたことが発端。昨日違う女性看護師にT字帯を売店で買ってくるように言われてから、あ、やっぱりおむつを使うからいいですみたいな話になって、てっきりおむつは病院が用意するものと思っていた。確かに病院の姿勢は曖昧なところがある。黙っていても病院が用意するものと患者側が用意するものの区別、境目がどこかまったくはっきりしない。看護師長に文書化したものを見せてくれと言ったらそういうものはないという。それでは一体どうやってそれを判断するというのか。看護師はそれがまるで当たり前のように売店に行って買ってきてくれというが、それがなければ手術ができないものを患者側に売店に買いに行けというのはどういうことなのか。6年前に自分が悪性リンパ腫で手術入院したときは、前日に自分で売店に行って買ってくるようになどと言われたものはなかった。看護師長曰く、うちではそうなんですと言うが、その「そうなんです」というものを文書化して明言していないのはおかしい。だったらあなたはどうやってそれ(患者が用意するもの)を覚えたのですか?と訊ねてもはっきりしない。一日70円のパジャマは後で請求が来て、1個30円の手術用のキャップは後請求ではなく自分で買って来いという。その違いがどこにあるのかさっぱり分からない。母の足の傷を洗浄するために使うおむつは1個128円ですが病院から出します(つまり後で請求します)という話になっていた。ところが手術時のおむつは買って来いという。こうなると何がなんだか分からない。

別室で看護師長相手に物凄い剣幕でまくしたてているところに手術の説明をするために医師が入ってきて、さすがに面食らったようだった。先日若い男性看護師がタメ口で失礼な口の利き方をしたということもどういう教育をしているんだと言いながら、自分自身がタメ口でまくしたてていた。途中でさすがにこれはよろしくないと思う自分はいたのだが。

その後の医師の手術の説明を、さっきまで物凄い勢いで怒っていた僕が極端に神妙に聞いていたので医者も奇妙に思っていただろう。それにしてもどうしてこれほどまでに感情を制御できないのか。これでは人間失格ではないかと頭の中で急激に反対方向にベクトルが向いて、自家撞着のような状態に陥ってしまった。面会時間一杯の8時に近づき、先ほどの担当である男性看護師がやってきて不愉快な思いをさせてすみませんでしたと謝ってきたのだが、僕も怒鳴ってすみませんでしたと謝った。実際、最初に感情を爆発させて彼に向って怒鳴り散らしながら、一方でまったく冷静な自分がいて、看護師の左目の半分が何かの疾患で真っ赤になっているのを見て可哀そうだななどと思っていた。そういう意味でも、後になって自分の人格がどこかおかしいんじゃないかと思うのも無理からぬことなのである。

今回は単純に言い方がどうのという話ではなくて、背景には病院が母の入れ歯の管理をしていないという不満もあった。夕食時に来ると母は上下の入れ歯をしないで食べている。そのくせ、手術時に用意するものの中に蓋のついた入れ歯ケースなどと書かれていて、まったく噴飯ものだと思っていた。そういうものがちょっとしたスイッチが入って一気に噴出してしまったようだ。それに、日中取った相場のポジションがストップがついて損をしてしまったということで気持ちがどこか荒んでいたのかもしれない。だとすれば人に対して当たり散らしたということになり、ますますもって自分が最低に思えてくる。

帰り道、夜のバイパスを走りながら、ああ俺もとうとうめんどくさい年寄りになってしまったのだな、と思った。いずれにせよ、母が入院してから僕は毎日が一杯一杯だった。ちょっと突かれただけでパチンとはじけてしまうぐらいに。

医師の説明では明日の手術は3階の手術室ではなく、1階のカテーテル室で行うことになった。手術は12時半からで、僕は11時半に行くことになった。手術はたぶん夜の7時か8時くらいまでかかるだろうという話。それと大分から来る医者は2人ということだった。あとは手術が無事に成功することを祈るばかりだ。

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Fever

3月17日、日曜日。

母の手術もいよいよ明後日に迫った。今日は鹿島の試合を見てから、5時ごろに病院に行った。すると、

なんだか日本の病院の慣習は不思議なことが多い。例えば手術に必要だから白衣を買ってこいとかメスを買ってこいとは言われないのに、なんで30円のキャップは買ってこなければならないのか、一体全体どこに線が引いてあるのかが分からない。

病院から帰宅後の夜になって、台所の2つある蛍光灯ペンダントのうちのひとつが切れてしまった。明後日(というか正確には明日だが)母の手術で弟がうちに泊まるというので、蛍光灯を買いに行けるタイミングは明日の日中しかない。

そのちらちらと点滅する蛍光灯の下で、延々と1時間半、武田鉄矢の語りを聴いた。

恐ろしく酷い話である。武田鉄矢の語りや人柄が持つ熱の高さを鬱陶しいと思う人も大勢いるようだが、個人的には嫌いではないしむしろ心地よいぐらいだ。世の中には熱く語った方がいい話もある。

そんなわけで札幌 1-3 鹿島。今季非常に好調な札幌相手ということで戦前はちょっと心配していたのだが、蓋を開けてみると1失点は余計だったものの完勝といっていい試合だった。それにしても2得点の伊藤翔の決定力は凄い。こんなにいい選手だとは知らなかった。いいパスがくればこれほど決定力のある選手だとは。札幌の鈴木武蔵が初めて代表に選ばれたわけだが、こうして同じ試合で見ると明らかに鈴木武蔵ではなくて伊藤翔を呼ぶべきだったと普通に思う。

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Andante

3月16日、土曜日。

昼前に仙台から弟夫婦がやってきた。3人で寺へ墓参りに行き、それから弟が見つけた隣町の天童の蕎麦屋、一庵で昼食。

土曜日の昼時とあり入店まで少々並ぶくらいに繁盛していたので、地元では人気店なのだろう。うちの地元よりも鶏肉の量は多かったが肉が硬くて味が染みてないのと、麺の腰が少々足りない感じがした。最初に食べたときはつゆが甘い感じがしたのだが、麺を食べ終わった後につゆを飲むと意外と普通だった。

昼食後、3人で病院へ。久しぶりにわずかばかりの母の笑顔を見ることができた。今日は麻酔医に手術の説明を受けた。とはいっても当然のことながら手術をするとこんないいことがあるよという話ではなく、これだけのリスクの可能性があるという話。全身麻酔をしただけで死亡する人が100万人に7人ぐらいはいるのだそうだ。ということは10万人で0.7人、1万人で0.07人、1000人で0.007人、100人に0.0007人という具合に、確率としてはほぼゼロに近く、もしそうなったら余程運が悪いとしかいいようがない。心臓血管外科の担当医による手術の説明は明後日の19時ということになった。と、それは手術の前日である。つまり気がつくと手術はもう三日後に迫っているのだった。毎日無我夢中で病院に通っているとそんなことにも気づかない。手術の日は夕方ごろに弟も来るということ。当日は弟がうちに泊まって、翌日も病院に行くということになり、手術の翌日の夜は僕が町内会の打ち合わせが入っているので助かる。あとは手術が無事成功することを祈るばかりだ。

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Capriccio

3月15日、金曜日。

9時45分、病院からの電話で起こされる。今日の病院は2時から4時まで。帰宅後、隣組長として最後の町内会費の集金に回る。隣の家が夫婦喧嘩をしていていくら呼んでも出ないのでちと唖然とする。一周回ってからもう一度行くと、どうやら喧嘩は終わったらしくようやく集金終了。これで隣組長の仕事は後は町内会の総会を残すだけ。あと二週間。もうちょい。

ここ二日ばかりやたらと長い日記を書いてしまったが、夜になってすべての海外口座から資金を引き揚げて今週のドタバタにひとまず終止符を打った。この一週間は海外口座の開設、そのための決済システムやらなにやらでひたすら振り回されてしまった。週の前半は口座開設のための承認でバタバタし、後半は海外業者を使ってトレードをしてみてこれまたバタバタした。一旦全部出金して引き揚げてしまったけれど、昨日今日とトレードしてみて、海外業者を使うそれなりのメリットはあると思った。それは少額の資金でハイレバレッジの取引、つまりハイリスクの取引をすることに尽きる。実際、不思議なことに海外の口座で取引する方がポジションを取るのは気が楽だった。トレードごとに手数料が発生するので、マイナスからスタートするのが当たり前でプラスに転じるまで時間がかかるのはしょうがないと思えた。深夜になってから国内業者を使ってみると、スプレッドが狭いのが当たり前と思っているからちょっと損失が出るとおろおろしてすぐに損切りしてしまい、損切り貧乏になってしまう。いわゆるちゃぶられる。とはいうものの、海外の取引会社のデメリットはそれなりにある。

1)トレードごとに手数料が発生する(ECN口座の場合)。数を重ねると結構馬鹿にならない。
2)約定スピードが遅い。特にMT4では全決済するのに時間がかかる。
3)出金するのにいちいち理由を書いたりしなければならずめんどくさい。
4)トレードごとの損益にいちいち手数料を計算しなければならない。

特に出金がめんどくさいというのはかなりマイナス。全決済を含めて約定スピードは国内の業者の方が速いし出金も簡単にできる。なので、レートさえ信用できれば国内業者の方が圧倒的に使いやすい。細かいことを言えばNDDとDDというシステムの違い(インターバンクとダイレクトに取引しているかどうか)に目をつむることができればの話だが。国内業者はDD(店頭取引。ディーラーが介在する)になるので、スプレッドを操作されてるんじゃないかとかいう疑心暗鬼に駆られてしまう。特に散々ちゃぶられる(売ると上がる、買うと下がる)と余計そういう疑念が湧いてしまう。実際問題として、経済指標時はもちろん、相場のボラティリティ(変動率)が上がったときには国内業者は一時的にスプレッドが広がるが、NDD方式の海外業者ではそういうことがほぼない。これは心理的な面で結構大きい。つまりシステム自体を信頼できるかどうかという問題なので。

という具合に考察していくと、一旦海外業者から全部資金は引き揚げたけれど、今週2つ口座を開設して全部で3つ持っている海外口座のうちどれかひとつに絞り込んで、当面はそれを使うことを検討中。で、不思議なことに自分の中では昨日出金のことですったもんだしたT社に傾いている。今日になって出金はできたのだが、日本語で常時チャットできるというのはそれなりに安心できるので。

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ふたたび木曜日の悪夢

3月14日、木曜日。

今日も雪が降り、夜になって急に寒くなった気がした。今スマホで気温を見ると0度なので気のせいではないようだ。

今日はいろんなことを一度にやり過ぎた。それでなくても今日は鬼門の木曜日、当初はそれが頭にあったのだけれど、結果的にはどこかに行ってしまい、案の定なことに。

何時ごろだったか、たぶん6時台とか8時台(随分違うが)にトイレに起きてから二度寝して10時15分起床。すると、外の景色を見るとわずかばかりながら雪が積もった形跡があった。日中もときおり雪が降り、心なしか今日は外が寒い気がした。今日まずやったことはメインの口座から一部をbitwalletの口座に移し、本来ならそこから入金すべきところをはてどうしたものかと考えて、結局クレジットカードで海外の取引会社に少額を入金。で、ものは試しということでレバレッジ200倍(国内の会社の場合は25倍)でユーロドルのポジションを4回に分けて気分的に目一杯取った。今日の基本的な方針はできるだけ長く引っ張ってみるということと、ロスカット比率が低い(20%。国内の会社だと100%)ことがどれだけリスクが取れるのか試してみること。とはいうものの、さすがにいきなり一日で全額失うのは何なので普通に妥当と思われるところにストップを置いた。

2時からのサッカー日本代表のメンバー発表を見て、さほど驚くべきところはないものの鹿島の安西が選ばれたことにちょっとおっと思ったのと昌子が再び選ばれたのにほっとする。それから病院へ。この間、相場のポジションはずっと含み損を抱えたままだった。正直これはダメかなと思って、病院ではできるだけレートを見ないようにしていた。いつものように病院が暖かいせいか、最初は眠くてベッド脇のパイプ椅子の上でうとうとしてしまった。眠気を克服できたのは1時間ばかり経ってからだった。今日は皮膚科の医師の診察(母の左足の傷)があった。それによると母の左足の甲の傷(小さい方)はさほど問題はないようだ。

5時過ぎに病室を後にして、駐車場の車にエンジンをかけてようやっと相場のレートを見る。すると、驚いたことに12ピップス以上の含み益になっていた。普通ならこれで慌てて利食いするところなのだが、MT4の場合は全決済のボタンがない。もしあったら即利食いしていただろう。なかんずく、スマホのMT4で決済をしたことがないということが二の足を踏むことに。それに自分はことのほか利食いを引っ張れないことを常々気にしていたので、とにかくこれはもうちょっと我慢して利益を伸ばそうと思い、ひとまず家に着くまでは利食いしないことにした。結局はこれが例によって木曜日の呪いだったのだ。

帰り道、途中の信号で停まる時間が長いとスマホを取り出してレートをチェックする。すると先ほどと比べると利益が減っている。うむむむ。しかしこんな車の運転をしながらやったことがないMT4の決済、それもポジションをひとつずつ決済しなければならないものができるとは思えない。さらに先に進んでまたスマホを見るとさらに利益が減っている。これはうちに着くころには下手をすればマイナスに転じることもあり得ると思ったけれど、一旦決めたことは仕方がない、昨夜思ったように負けるのもエッジなのだと思うことにした。

6時過ぎに帰宅。慌ててパソコンのチャートを見るとかろうじてまだプラスではあったが風前の灯。いろんなことが頭を駆け巡る。これはどうしたものかと。考えているうちにユーロはどんどんと売られてとうとう含み損になってしまった。マイナスになってからもまだどうしたものかと考える。7時ごろまでチャートを睨んでいたがどうも好転しない。しょうがないのでレトルトのカレーで夕飯を食べながら台所のノートパソコンで固唾を飲んで見ていたが、結局は案の定というかストップがついてしまった。まさに天国から地獄。あのとき利食いしていればという、典型的なたらればの世界。それで、やっぱり今日は木曜日だからなのか……というような意味不明なところに迷い込む。

元々が少額だったせいで、レバレッジを高くするとパーセンテージで考えると負けたときの比率がでかい。これは前もってもちろんわかっていたことで、資金を分散してリスクを分散しているわけだからしょうがないのだけれど、いざ負けを食らうと一時的に15%ぐらいプラスだったときがあったのでメンタル的には非常に辛い。後悔先に立たず。立ってくれればいいのに。

そんなことをしている間にもうひとつの海外の会社の口座も開設されて、そちらにはbitwalletで初めて入金してみる。するとなかなか口座に反映されないので焦る。焦って問い合わせのメールまで出した。こちらの会社の方が先ほどの会社よりもロスカット率は高い(100%)がスプレッドと手数料が幾分安い。今日海外の会社を使ってトレードしてみて改めてわかったのは、MT4だとトレードごとの損益の履歴に手数料分が入ってないので実質の損益を計算しなおすのがめんどくさい。で、ポジション数が増えるとこの手数料が案外と馬鹿にならない。ことここに至って、海外の会社を使うメリットってなに? とよくわからなくなってきた。で、ストップを食らって気分が悪いので、先に使ってみた会社の口座(もちろん負けた分目減りしている)を全部出金(といってもクレジットカードのキャンセル扱いだが)することにした。ところがこれが入金してすぐに出金なので理由をメールで送ってくれという表示が出て出金ができない。唖然。二度やってもダメなので言われた通りにメールを出し、チャットでも問い合わせた。しかしどうやら当日中の対応はできなそうな話。これではまるで出金トラブルで、気分的には踏んだり蹴ったり。後から作った口座の方も何度か試しにトレードしてみたけれど、やはりレバレッジが高いことよりもいちいちトレードするたびに手数料が発生するのがなんとも気になって、これでは今まで使っていた国内の会社と比べてなんのメリットがあるのかよくわからなくなってしまった。当初の狙いはリスクを分散して管理することだったのだが、同じようにストップを置いて同じように利食いをするのであれば海外の会社を使うメリットはあまりない。要するに物凄く高いリスクを取ることぐらいしかなく、それをするにはあまりにも国内の会社で取引するのに慣れ過ぎてしまっている。

とここまで書いて、あまりにも長文になったので呆れ果てる。今日はそれどころではない。トレードのストレスで煙草の本数が増えてしまい、これを書いている現時点で既に27本、あと2本吸うと最高記録を更新してしまう。今世紀最大のピンチだ。寝るしかないかな。それともいずれは更新してしまうものと諦めるか。しょうがないなあ、人間という奴は。懲りない。

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