wonder-ful world vol.7

「不思議なこと その7 墓穴を掘るとき」

おおまがとき...

和歌山のカレー・保険金事件というのも不思議な事件で、盛り上がっているんだか、盛り上がってないんだかよくわからん。ロス疑惑のときのような異常な盛り上がり(引くのも速かったが)と比べるとスピード感がないのは、ちょっと逮捕が早すぎたせいかも。ところでこの二つの事件の主役はどちらも似たタイプだ。ふたりとも異常に饒舌で、マスコミに出たがる。いわゆる墓穴を掘ってしまうタイプ。

墓穴を掘ってしまうとき、つまり一種の魔が差してしまうときというのは誰にでも起こりうることだ。破滅的な行動を取るときというのはどういう精神構造に陥っているときなのか、専門外のことでようわからんが、脳の状態(脳内物質の分泌とか信号の流れとか)と関係あるんだろうか?さすがに僕なんぞは自殺寸前になったとかいうことはないが、もっとセコイこと、たとえば自分でみそ汁をつくって椀になみなみとついでテーブルに運ぶとき、これではこぼしてしまうと思いながらやっぱりこぼしてしまうとか。ちょっと例えがセコイか。たとえばこたつに寝っころがってコーヒーを飲んでいて、この体勢ではこぼしてしまうと思いながらやっぱりこぼしてしまうとか。やっぱりセコイな。しかし、こういうときに共通しているのは自分で自覚してやっているということ。

僕が墓穴を掘った行動でいまだに印象的なのは、むかし(15年ほど前)目黒のヤマハでバイトしていたころ、目黒の権乃助坂のたしか三菱銀行でのこと。ATMの順番待ちをしていて、自分の順番になったときに払戻口に1万円札が残っているのに気付いた。一瞬カードを入れようとした手が止まりながらあたりを見渡すと誰も気付いていない。もらってしまおうかどうしようかと考えながらも、もしかしたら前の人が戻ってくるかも知れない、それと監視カメラでネコババしたのがバレてしまうかもしれない、てなことを全部で2秒ぐらいのあいだに目まぐるしく考えた挙げ句、根が真面目で小心者の僕は係りを呼ぶことにした。そこまではよかったのだが、アドレナリンが出過ぎたのか、「状態」に入ってしまったのか、係りを呼ぶ受話器を取る代わりに僕の指は非常ボタンへと向かっていく。こういうときはなぜか自分の行動がスローモーションになり、途中で自分が押そうとしているのは非常ボタンだと気付いたのだが、僕の指は僕の意識の中ではゆっくりと、しかし確実にボタンを押し始める。次の瞬間、当然のごとくけたたましいベルが銀行中に響き渡る。辺りのひとはみな一斉に凍り付いてしまった。慌てて駆け寄った銀行員に僕は説明したのだった...これ、前のひとが忘れてったみたいですよ...この期に及んではこの1万円札をもらっても誰も気がつかなかったと思うが、前代未聞にアホなことをした直後だけに少しでも善行を行わなければ、というよくわからん義務感で一杯だったのよ。しかし何であんなことしたのかなあ...わからん。

でも考えてみるとああいうときは一種の(意識の)真空地帯とかエアポケットに入ってしまうような感じだ。ガラスがあるのがわかっていながら激突するときとかない?そういえば、むかしの日航機の墜落事故の機長も逆噴射したときはこの真空地帯に入ってしまったんではないだろうか?

僕が高校生のときに、僕の同級生が同級生を殺してしまったことがあった。彼はいわゆる「東大病」でノイローゼで休学していたのだが、泊まりに来た一番仲のよかった友達が寝ているあいだに包丁で刺し殺してしまったのだ。彼は寝ている友達の上に包丁をかざしてしばらく逡巡したそうだ。そのうちにエアポケットに入って思わずひと突きしてしまい、目を覚ました友達の絶叫で我にかえった。その瞬間に一気に押し寄せてきた現実への恐怖から彼は刺し続けてしまった...52箇所も...。この事件が恐いのは、彼の思わず刺してしまう瞬間の気持ち、その意識の空白がなんとなく理解できてしまうこと。

魔が差すことは誰にでもある。問題はそれを克服できるかどうかということ。それで人生が決まってしまうこともあるのだ...

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