wolf

「狼男 その2」

...

その日は見事な満月だった。

僕が彼の家に遊びに行くのはその晩が初めてだった。
僕は転校してきたばかりで、彼は最初に出来た友達だった。たまたま隣の席だったこともあって、最初の日からすぐに僕に話し掛けてきてくれた。元来内向的で引っ込み思案だった僕にとっては渡りに舟だった。ただ、ちょっと気になったのは彼も僕以外には特に友達らしき人間がいないようだったことだ。彼から見ると僕も同じ類の匂いがしたのだろうか。

その日、彼の家族と一緒に夕飯をご馳走になったあと、二階の彼の部屋に行った。開け放した窓から満月が見えた。
「実は」
突然彼が話し始めた。
「誰にも話してない秘密があるんだ」
「何それ?」
「僕は狼男なんだ」
「嘘つけ」
僕は彼がふざけているんだと思い、笑いながら答えた。
ところが、彼の顔はみるみるうちに曇り、ひどく傷ついたように見えた。すぐに怒ったような勢いで、
「本当なんだ」
と、ひどく思い詰めた表情で机の引出しを開けると、バタフライナイフを取り出した。
「何すんだよ」
一瞬、思わず僕は後ずさりした。
「本当なんだ。今日は満月だから僕は不死身なんだ」
怖いほど真剣な目をして彼はナイフの刃を出した。
次の瞬間、彼はその刃を自分の腹に突き立てていた。
「止めろよ」
思わず息を呑んだ僕は、ようやく声を絞り出した。彼の顔は苦痛で歪んでいる。
「痛がっているじゃないか」
「そりゃ痛いさ。でも死にやしない。ほら」
そう言うと彼はナイフを引き抜いた。まっすぐ引き抜いたせいか、思いのほか血は噴き出しはしなかった。ただTシャツにゆっくりと赤い染みが広がって行くだけだ。
「止めてくれよ。死んじまうよ」
僕は懇願した。いつのまにか涙が止まらなかった。
「平気だってば。満月なんだから」
彼はそう言うと、微笑みながら今度は左胸にナイフを突き立てた。


僕がそこまで話すと、取調べの刑事が口を開いた。
「そこで君は気を失ったのか?」
「そうです」
刑事は溜息をひとつ吐くと煙草に火を点けながら言った。
「彼のお母さんが言ってたよ。彼は子供のころ、狼が来た、狼に追っかけられたという嘘を何回もついたそうだ」
それを聞いて、僕は腹の底の方から笑いがこみ上げてきて、こらえ切れずに笑った。笑いながら、涙が止まらなかった。

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