someday,sometime

「アメリカ村」

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70年代後半から80年代初頭にかけて、雨後の筍のように出された、特にスタジオ・ミュージシャンによる凡百のフュージョンのアルバムのひとつとみなされているであろう、スティーヴ・カーンのデビュー・アルバム「Blue Man」をアナログで聴きながら、闇雲にニューヨークに行きたくなった。このアルバムはそれだけでも価値があるというものだが、とにかく、ニューヨークに行きたくて居ても立ってもいられなくなった。

それで僕は部屋を出て、久しぶりにアメリカ村へと向かった。正確には、元アメリカ村と言うべきである。それはちょうど僕がこの街に引っ越してきたころ、もう十五年も前のころが、その呼び名の全盛期だった。つまりそれはあのバブルの黎明期の産物と言ってよく、確か大阪にも同じ通称の場所があったような気がするが、たぶん当時はいろんなところにそれはあったのだろう。高度成長期に日本中になんとか銀座が出来たようなものである。とにかく、少なくとも当時は、特に環八の東名の入り口付近を中心に、アメリカっぽい郊外タイプの洒落たレストランがいくつも軒を並べていた。その流行はその後もしばらく続いて、ちょうど僕が会社に車で通っていたころ、トレンディ・ドラマの全盛期と時を同じくしてその中心は駒沢公園周辺に移り、僕もさしたる意味もなく車で寄ってはメシを食ったりしていた。

ともあれ、引っ越してきた当時はこういったアメリカ風のドライブ・レストランや大きなファミレスがたくさんあるところに引っ越してこれたことに少々浮かれていた。なにしろそれまで住んでいた高円寺から徒歩二十分というところには、そんなものはひとつもなかったのである。結局、景気の後退と共にそれらのレストランは次々となくなり、用賀のアメリカ村はいまやちっとも村ではなく、わずかにデニーズとマクドナルドだけが当時のまま残っているぐらいである。車を止めて以来、歩くと少々かかるので、自然と僕の足も遠ざかっていた。

昨日一日振った雨のせいで、夜の空気はマイナスイオンに満ち溢れているような気がした。交差点を越え、かつてのアメリカ村に向かって歩いていると、ほとんどモデルハウスの展示場と化してしまったかつてのアメリカ村は、明かりもほとんど灯っておらず、ただの無愛想な幹線道路沿いの夜景というに過ぎなかった。それでも十分ほど歩くと、煌煌と輝くデニーズが見えてくる。そこだけはかつてと変わらぬ、突然出現したようなアメリカっぽい風情を残している。

おろしハンバーグを食べた。ちょっぴり幸せな気分になって、僕は夜道をとぼとぼと歩いて帰った。

written on 7th, feb, 2002

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