Don Quijote

「徒手空拳」

ドンキホーテ型=現実を無視し、空想やひとりよがりな正義感にかられてむこう見ずに行動する人間の類型。(新潮国語辞典)

じつは会社を辞めてフリーになることにした...

僕は会社ではいわゆる中間管理職的な立場(とは言ってもすごく規模の小さい会社である)なのだが、そもそも体質的に企業向きでない上に、管理職的な立場(つまり会社側の立場)でものを考えると自分の中のジレンマが大きくなってしまうのだ。

何甘いこと言ってんだといわれそうだが、要するに「音楽をつくる」というクリエイティブな仕事であるにもかかわらず、会社の考え方に同化するには、クリエイティブな部分をまず切り捨てていくことが必要となってくるということ。簡単にいうと、現在の音楽シーンはほんの一部を除いていわゆる芸能界的な部分で売れているのがほとんどなのだ。つまり「売れるものがいいもの」、もっと言えば売れりゃいいんだ、という方向にどんどん押し流されている。

これは日本の音楽業界の非常に特徴的な性格で、別にいまに始まったわけではないが、数年前のタイアップ至上主義から徐々にその傾向が顕著に現れてきて、決定的になったのが現在の不況になってからだ。そう考えると、直接的な原因はバブル経済の崩壊だとも言えるが、音楽業界では制作中心の方針でやってきたレコード会社の失敗、それに伴う外資系資本の大幅な参入などに具体的な形をあらわし始めた。要するにレコードメーカーに余裕がまったくなくなり、アーティストを育てられなくなったのだ。故にメーカーは即数字(売り上げ)が見えるものばかり欲しがるようになり、ブッキング能力を持つ大手プロダクション(芸能界系の)の市場占有率は増える一方だ。なんか広告業界のパワーゲームに近くなってしまった。

そんなこんなで、いわゆる「いい音楽を売ろう」「いいものは売れる」というアマチュアリズムが、だんだん隅っこに押しやられ、理想主義のレッテルを貼られる寸前まで来ている。僕の出発点はまさにそこなので、政治的な要素が膨らめば膨らむほど、何のためにやっているのかという矛盾は大きくなるばかりなのだ。

考えてみよう。音楽も映画や本と同じエンタテインメントでもあり、文化のひとつだ。アニメが流行ったからといって、新作映画がほとんどアニメ映画ばかりになったら、映画産業はどうなるだろう?(邦画の衰退の一因はその辺の傾向にもありそうだ)郷ひろみの「ダディ」がベストセラーになったからといって、本屋の棚が芸能人の告白記ばかりになったら?日本の音楽業界はまさにそれに近い状態なのだ。まあ、日本の音楽マーケット自体、非常にドメスティックなんだけど。

幸い、僕と同じ意見を元スペクトラムの新田一郎氏のレコード会社DAIPRO-Xのホームページで読むことが出来た。頑張って欲しい。

そんな訳で、無茶を承知でもう少し「いいものをつくる」ことにこだわろうと思う。まあ、ドンキホーテだな。どうせ社会不適合者だよ、オレは..これでまた半分ギャンブラーに逆戻りだ。

四十にして立つ。まだ39だけど...

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