彼岸と此岸

8月4日、土曜日。

いつものように夢を見た。今日の夢は、高校時代に付き合っていた初恋の人であるアサギと結婚する夢だった。父も母も登場したところを見ると、現在よりも大分若い設定なのだろう。アサギとは高校時代以来会っていないが、夢の中の彼女は大人になったせいかちょっとガイジンぽくなったなと思った。実際のアサギはまったくの純和風な顔だから、大人になったとしてもガイジンぽくなることはないだろう。ともあれ、夢の中の僕は幸せだった。目が覚めるともう11時45分だったが、今日ばかりは夕方まで寝ても構わないからもっと夢の続きを見たかった。夢の中にいたかった。

今日も今日とて、日がな一日DAWソフトを相手に「Main Street」の打ち込みに明け暮れる。この状態はなんかに似てるなと思ったら、まるで出たてのころのドラクエに熱中していたころみたいだ。体のいいおもちゃが見つかった感。

そんな感じで日中はずっと冷房の効いた書斎にこもって打ち込みをやっていたのだが、午後になって、何時ごろだろう、3時前かな、区長がやってきてうちの隣の隣の奥さんが今朝方亡くなったという。それで連絡待ちになった。一番恐れていた事態になった。自分が隣組長になっている間、葬式だけは出ないでくれよと願っていたのだが、いとも簡単にそれは訪れた。結局、夕方の7時に集まって葬儀の手伝いの打ち合わせをすることになった。それで、4時半過ぎに母のところに行ってくる。ここで、母に隣の隣の奥さん、つまり母の教え子である婿の嫁が亡くなったという話をしたのだが、どうにも母は誰か思い出せないという。いっかな母は思い出せそうな風はなく、とうとう母もここまで忘れてしまうようになったかと思う。ところが、帰宅してもう一度葬儀日程の紙を見ると、紀子さんを美紀子さんと読み間違えていた。たぶん母が思い出せなかったのはそのせいだと思う。

7時になって、当の家に町内会の人たちが集まる。どうやら本来なら隣組長である僕が話を進めなければならないみたいだが、隣の区長に相談しながら、ひとまず何人ぐらい手伝いが必要なのかという話に。今までの経験から2・3人だろうなと思っていたら、なんと計8人は必要だという。唖然。ひとまず僕が帳場をやりますと手を挙げて、後は幼馴染みのアキオちゃんが手を挙げたけれど、何のことはない、人数からいって都合の悪い人以外は全員ということになった。それはいいのだが、困ったことに3人ぐらい僕の知らない女性がいて、一人は区長にこっそり訊いたら向かいの寺の奥さんだということだったが、この辺では珍しい美人の若奥さんという感じの人とその隣のおばさんは誰だか分からず、失礼ですがと名前を訊ねたら当たり前だが近所の人だった。美人の奥さんはうちの斜向かいのうちの奥さんだった。ちと朝方の夢を忘れてよろめきそうになる。

そんな風になんとか葬式の打ち合わせも終わり、葬式当日(火曜日)は11時半に集まってバスに乗っていくということに。4時半までということだが果たして体力がもつだろうか。帰り際にアキオちゃんや隣の人と話したのだが、亡くなった奥さんはまだ62歳と若く、誰も入院していたことを知らなかったようで、何の病気だったのか皆興味津々なのだが誰も知らなかった。以前からずっとずっと心配していた葬式の手伝いをとりまとめる仕事、喉元過ぎればという感じで案の定取り越し苦労だった。不幸中の幸いだったのが葬儀の時間が朝早くなかったこと。

などと言いながら、明日は明日で向かいの寺で蕎麦を食べる会の手伝いに行かなければならない。10時集合なのでアラームを9時にかけた。果たして4時間半体力がもつのか。明日はその後夕方に精神科、夜は鹿島の試合と一日予定が詰まっている。

それはそうと「Main Street」、例によってタブレットPCで学生時代のライブ音源を再生しながらドラムとベースをコピーするという作業なのだが、案の定4ビートの部分は聞き取れずコピーするのは無理と早々に諦め、なんちゃってで打ち込み。と、この日記を書きながら気づいたのだが、ヘッドフォンで聴けばもうちょっとコピーできたかも。それは明日以降の課題にしよう。しかしドラムのコピーはホント難しい。ロールとかほとんど無理。なんだかんだ、なんちゃってでギターソロの終わるところまで打ち込んだ。しかしピアノソロを打ち込むのに150年ぐらいかかるだろう。

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