この胸を満たすもの

4月30日、月曜日。

昨夜あれから「JIN ー仁ー」の第1話を見てしまい、1話が下手な映画ぐらいの長さがあるということに気づいたときには既に遅く、従って寝たのは3時過ぎだった。

そんなわけで朝というか目が覚めたらなんと11時49分、今日の午前中は11分しかなかった。当然のように寝過ぎの頭痛、朝食(といっても昼だが)後にまたしても頭痛薬のアドヴィルを飲む羽目に。で、連休中(つまり世の中の連休中という意味だが)にちょっとずつ見ようと思っていた「JIN -仁ー」だが案の定止まらなくなって夜までかけて7話まで見てしまった。で、例によって武田鉄矢演じるところの緒方洪庵と仁の最後の対面シーンでまたしてもボロボロに泣いてしまう。もう見るの四度目なのに。ディテイルから台詞まで全部覚えているのに。一番好きなのはたぶん第1話なのだが、この第7話では必ずボロボロに泣いてしまう。なんだかよく分からないもので胸が一杯になってしまうのだった。この胸を満たすものが一体何なのか、いまだによく分からないのだけれど、それは怒りや不安のような悪しき感情とは正反対のもので、かといって喜びや興奮あるいは安堵といったものでもなく、一言で感動と言ってしまえばそれまでなのだが……とにかく何らかの感情で胸が一杯になってしまい涙がこぼれてしまう。そしてそれはたぶん武田鉄矢が泣いているからというよりもむしろ終始笑みを浮かべているからなのだろう。

この半年だけでも見るのが確か三度目なのに、どうしてこうワンパターンな行動になってしまうのか。とにかく今のところは「JIN -仁ー」を見ている間が恐らく一番幸せだと思える時間なのだった。脳外科医が江戸時代にタイムスリップしてしまうというただそれだけの設定でどうしてこうもカタルシスを覚えてしまうのか、案外と人間というものの精神構造は単純に出来ているのかもしれない。少なくとも僕の場合は。仁が強い人間ではなくむしろ弱い人間として描かれているのだが、最後の最後には必ず医師として踏みとどまるというところも痛快さをもたらす要因となっている。どっちにしても、僕らがどんな人間であっても、もし150年前にタイムスリップしたならばスーパーマンになり得る可能性があるという幻想を抱くことが出来るのだが、僕の胸を一杯にさせるものはそういった幻想ではなく、もっとリアルな感情であり感慨である。だから例えば緒方洪庵との最後のシーンで言えば、そこで感情移入しているのはむしろ武田鉄矢、つまり緒方洪庵の方なのだが、見ているのは大沢たかお、つまり仁の目で見ている。そして僕が感動しているのはその二人の善良さなのかもしれない。

何を言いたいのかよく分からなくなってしまった。以下次号。

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