なにがしかの記憶

4月16日、月曜日。

この曲にMemoriesというタイトルをつけたのは、かつての自分に捧げるというつもりだった。それがどの辺の自分なのか、それは定かではないのだけれど。これを作ったのはちょうど悪性リンパ腫で抗がん剤治療をしている時期で、そのときに何曲か作ったうちの最後の方の曲。その後4ヶ月ほどの生まれて初めての禁煙をしていたので、マインド的には煙草を吸っていたころの自分に捧ぐ、みたいな気持ちで自分では聴いていたのだが、ご存知のように今ではもうとっくに再び煙草を吸っているので、ますますいつごろの自分かよく分からなくなった。ただ、とにかくこの曲を聴くと懐かしい。狭苦しい6畳の、散らかり放題のワンルームマンションで作った。あのころは昼間なら高架下の小さな公園で、夜ならばマンションの向かいの障害者施設の庭のベンチで、煙草を吸いながら何をするでもなく放心していた。自分が人生のどの位置で何をしているのか、もうさっぱり分からなくなっていた。もちろん、何をすべきなのかも。先のことは何も思い浮かばなかった。あのころ既に僕はもう後ろ向きだった。なんとなく、自分が人生の端っこの方にいる気がしてた。癌だと告げられていつまで生きられるのかなとか、もう自分の人生は終わるんだろうかとか、そういうことを考えたのは最初のころだけで、治療しているころはそういうことをすっかり考えないようになっていた。後ろ向きとは言っても、それほど過去の自分をさかのぼるわけでもなかった。まったくもって、あのころの自分は点のように存在していた。ぽつんと。

自分が何をやっているのかよく分からないという点では、今でもさして変わりはない。その日その日をただ生きているだけ。毎日なにがしかの記憶が蘇り、ちょっとずつ、ちょっとずつ、何かを思い出す。しかし今の自分を先になって思い出すことはあまりないだろう。実のところ、この3年ばかりの記憶は何がどうというのがみんなごっちゃになってひと塊になり、どれがいつの記憶なのかも怪しい。というのも、まったく同じような日々を重ねているからだ。時間は経っているのに何も進んでないという感覚。日々の焦燥感。孤独。そういうものがただ漠然とそこにあるだけ。「そこ」というのはつまり「ここ」なわけだけれども。

それでもいつか懐かしい記憶になるのだろうか。

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父の書棚にあった藤沢周平、ちょっとびっくりするくらい面白かった。それで久しぶりに図書館から藤沢の全集の九巻、つまり同じ用心棒日月抄シリーズを借りてきて読み始めたところ。シリーズを最初までさかのぼるということだが、もしかして同じシリーズだと飽きるだろうか。はて。

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