振幅

昨日切った手術の跡が、薬が切れてきたのか痛くなってきたし、一晩入院した時差ボケとか疲れがあるのか、気分も悪くなってきたので、書けなくなる前に書いておこう。

まずは昨日の手術から。とりあえず、手術まで僕は元気だった。これまで手術とか入院とかは、小学校に入る前の盲腸ぐらいなのでほとんど記憶がない。なので、実質上初めての入院、手術と言ってもいい。そんなわけで興味津々、まず手術室のあるフロアに入ると、まるで出荷を待つ倉庫のように殺風景だった。もちろん清潔なので、ある意味、近代的な工場と言ってもいい。その中に並んでいる手術室のひとつに僕は入れられた。手術室に入ってまず驚いたのは、徳永英明が歌っていたことである。徳永英明? 僕は思わず、傍らの看護婦に、ここって音楽流れてるんですか、と訊いたら、はい、と当たり前のように答えた。しかし、患者をリラックスさせるためならもう少し選曲の余地はあるだろう。事実、手術が進むに連れ女性シンガー(たぶんタマシイレボリューションとか歌ってる子だと思う)がロックをシャウトする始末。紅白歌合戦状態。それはともかく、執刀医は若い女医なのだが、その先輩格の男性医師が指示をしながら手術は進んでいった。それにしてもみんな楽しそうだ。何がそんなに楽しいのだろうか。青いシェードが覆っているので僕には見えない。ときおりジーっという電気メスの音がして、ああ切っているのだな、と思う。そのうち腫瘍が見えたらしく、男の方の医師が、学生にも見せていいですか、と訊くので嫌とは言えず、はい、と言ったが、まあここは大学の医学部付属病院、そう考えると不思議でもないのだが、女子学生が一人、見学していたのだった。つまり、手術というものは見学するほど楽しいものなのだろうか。局所麻酔だが痛いと声を上げたのは一度だけで、それも注射を追加すると痛みを感じなくなった。そのうち、2cmぐらいの腫瘍が取れましたよ、と言われたが、見せてはもらえなかった。まあ見ても気分のいいものではないだろう。腫瘍を取り出すと止血して縫うだけ、お、上手に縫えたね、と男性医師、まるで裁縫の時間である。そんな感じでなんとなく手術は無事終わり(たぶん)、何故か僕は車椅子に乗せられて病室に戻った。車椅子に乗ったのは生まれて初めてだが特に感想を述べるほどのものではない。病室のベッドに戻って点滴を受けているうちに麻酔が切れたのか痛くなってきた。一応痛み止めを飲んだのだが鈍痛は消えない。その日は夜寝るまで、痛みと点滴のせいか、なんとなく気分の悪い状態が続いた。むしろ手術直後の方が、外に出て煙草を一服したりして元気がよかった。明け方、夜はひそひそと喋る筈の看護婦が、何故かさしたる大事でもないのに患者の名前を普通の声で呼んだために目が覚めてしまった。すると、痛み止めの効果が切れたのか、痛くてなかなか眠れない。首を動かせないので酷く窮屈だ。なので、一度身体を起こそうと思ったが、どうやっても起き上がれない。なので、ベッドを上下させるリモコンでやろうと思ったが、よりによってリモコンは足の方にある。なんとかしてそれを取ろうとしたが手が届かず、かといって起き上がれないので仰向けに寝そべったまま、ひっくり返ったカメのように身体を斜めにずらしてリモコンを取ろうとした。が、病院のベッドには手すりというものが付いていて、これが邪魔でもうちょっとのところで届かない。自分が酷く間抜けなことをやっているような気がした。少なくとも見た目は滑稽な状態だ。そこで僕は諦め、ナースコールでナースを呼んだ。それでようやくベッドを起こすことは出来たが、うつらうつらとしか眠れず、そのうち6時に強制的に起こされ、カーテンも全開放、そんなわけで昨夜は睡眠不足。

と、昨日はそんな感じなのだがそのまま今朝になだれ込むと、7時にパンの朝食が出たが、食べ終わるとどうしてもコーヒーが飲みたくなり、点滴を持ってエレベーターで降り、1階にあるドトールでエスプレッソを買った。コーヒーを飲むと煙草を吸いたくなる。そんなわけで点滴をガラガラと引き摺りながら敷地のぎりぎり外、つまり歩道に出て一服した。病室に戻ってぼんやりしていると腫瘍内科の医師、つまり僕の担当医がやってきて僕に紙を渡し、それによると来週の火曜に行う検査の時間が11時に変更されていた。これは9時になっていたのを僕が変えてくれとオーダーしたものだ。それはいいのだが、医者はまだ検査の結果が出ていないのにも関わらず治療の話を始め、最初の治療は10日入院してもらう、と言った。僕は、えっ、この間は4日って言ってましたよね、と言うと、まあ1週間から10日ぐらいとアナログな答えが返ってきた。医者はもうすっかり悪性リンパ腫と決めつけているようで、20種類ぐらいあるからね、とか既定事実のように言っていた。正直、こういうのもどうかと思うが。

会計を済ませ、昼前に退院した。それにしてもたかだか1泊の入院で5万とは。外は雨だった。雨に濡れながら重い荷物を担いで駅目指して歩き始めたものの、足取りは重い。手術と入院の疲れ、それと朝の点滴のせいだと思う。もうよれよれの状態だが、こっちが退院させてくれと言ったので文句は言えない。ようやく駅に辿り着くと、駅前のドトールで軽い昼食を摂り、それから電車で帰還。雨に濡れながらなんとか生還したのはいいものの、帰宅してしばらくしてから酷い抑うつ状態に陥ってしまい、あらゆることを悪い方向に考えるようになってしまった。こうなると自分でも分かっていてもどうしようもない。気分はどんどん憂鬱になり、どこか悲しくもある。夕飯を近所の洋食屋で食べたが味がよく分からず、なかなか喉を通らなかった。それから頓服が効いてくるまで、僕はありとあらゆる悪い想像をして深海魚のように海底に沈殿した。そのうちようやっと浮き上がることが出来たが、痛み止めを飲んで2時間ぐらいしか経っていないのにもう痛くなってきた。それも横になっている方が痛い。ついでに頭も痛くなってきた。どうしたらいいのか分からないので、何故かギターを取り出して練習した。が、そのうち気持ち悪くなってきた。自業自得である。そんなわけでこの日記を書き始めた、という次第。

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