ナイルパーチの女子会

10月21日、水曜日。

今安定剤を1錠飲んだばかりで、効いてくるのを待っているところ。もっとも、最近はほとんど効かないのだが。

そんなわけで柚木麻子「ナイルパーチの女子会」読了。

人気主婦ブロガーとそのファンが高じてストーカーになるOLとの女同士の確執、軋轢を描いているが、途中からストーカーの暴走が物凄く一体どうなるのだろうかと。脇役の女性のキレ方も凄まじく、女って怖いなあと思いながら読んでいた。後半まで常軌を逸して暴走がエスカレートするのだが、最後は双方収まるべきところに静かに着地することになり、気がつくといわゆるビルドゥングスロマンみたいな感じで終わるので、その辺はいささか物足りなさを覚えるが(そのあたりは好き嫌いの分かれるところだと思う)面白かった。たぶん男性作家であればもっとホラーっぽく最後まで暴走させて終わるのではないだろうか。そういう意味では女性作家らしい視点を終始貫いていて、ちょっと新鮮だった。常軌を逸したストーカー女性の描き方が女性特有の露悪的なものになっていて、本当に女性というものが怖くなる。実際のところ、自分は女心というもの、女性というものの本質を実は知らないのではないだろうかと不安になるほど。

この小説では登場人物も作者も「友達がいない」ということに異様なまでに拘泥しており、一体「友達」とは何かと考えてしまう。僕自身男であり、この小説で言うところの「友達がいない」という感覚を自覚したことはないけれど、例えば真の意味(そこすら実に曖昧なのだが)での「親友」かどうかとなると、親友だと思っていた学生時代のバンド仲間は僕の電話にほとんど出ないし、もちろん向こうから電話がかかってくることなどない。そういう意味では、ある意味現在の僕も「友達がいない」のではないかという不安に近いものを覚えることはしょっちゅうある。これは「友達」というものが双方の温度、テンションが合致しているときは実に気持ちがいいものであるけれど、どちらかの温度に差が出るとバランスが崩れ、下手をするとこの小説の中のストーカーと被害者のような関係性になりそうになる。それは日常的に簡単に起こり得る事態で、決して珍しくない。ただそういうとき、僕らは通常いささかバランスを崩していることを途中で自覚するものである。そこで抑制が効かずバランスが完全に崩れてしまうと、片方がストーカー(あるいはそれに類するもの)と化してしまう。つまり、客観的な関係性として。こういう気持ちの捻じれ方は、当の本人はなかなか自覚できない。それは僕自身がかつて電話に出ていた友人たちがまったく電話に出なくなったことに対して、余計にムキになって電話をかけてみたり、どうしてだろうと必要以上に考え込んだりした経験からそう思える。また、僕自身逆の立場、ストーカー的な言動、行為を受けた経験もある。要するにストーカーなんて、ちょっとバランスを崩して逸脱すれば誰にでも可能性があるということで、そういう意味でもこの小説はそうした心象ならびにそれに連れて起こる事象をよく描けている。

ところで、これを読むまで「女子会」という言葉が流行語であることすら知らなかった。女子だけの集まりを女子会と呼ぶのなら男だけの集まりを男子会と呼ぶのだろうか、まさかね、と思ってググってみると本当にいまどきは「男子会」と呼ぶらしい。これはいささか気色悪い。女子会はまだしも男子会とは。

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今日は気持ちよく晴れた。皮肉なことに、天気が悪かったのは昨日だけだった模様。しかしながら一人で紅葉を見に行く気分にはなれず。

午前中、母の教え子である植木職人(というか名刺によると本業は農家らしいが)の人がやってきて松の木を見てもらった。なにしろ3年ばかり放っておいたので、2本手入れをすると5・6万はかかるという。それで、彼が言うには表の玄関先の松の木はともかくとして、庭の奥の一本は伐採、つまり切り倒してもいいのではないかと。最近は維持費が大変だというので代替わりした家ではよくそうするのだという。なるほどと思ってそれは母と相談することにして、ひとまず玄関先の松の木一本だけ手入れしてもらうことにした。それでも3万ぐらいはかかるらしい。日が暮れた後に母のところに行ってそのことを話すと、切ってもいいという。なのでたぶん伐採することになると思う。庭にはもう一本、それほど背が高くない松があるので、庭の奥にある一本を切ってもさほど問題ではない。ただ、気分的に寂しくはなるだろうなとは思う。職人の話によると、父の弟(故人)にまつわる木だということらしいので、なおさら気にはなる。かといって毎年全部の松の手入れをするのはいささか経済的にも大変だ。

相場が全然動きそうもない気配だったので、結局昼前から2時間ほど業務に行ってボロ負けしてはなはだしく気分を害する。なんていうか、ハナから気分が乗らずに行ったので余計に自分に腹が立つ。本来業務などというもの、負けはつきものなのだが、これだけ気分が悪いのはネタがよくないから。負けて当たり前のネタを打っている自分が嫌になるのだ。こういうときは、負けても納得(確率からいって当然なのだが)という気分になれない。当たり前の結果になっているのだが、分かっていてそんなことをしている自分にひたすら自己嫌悪を覚えるだけ。こうなると素人となんら変わりないなと思う。

帰宅後も気を取り直すのにかなり時間がかかる。感情というものは実に厄介だ。いまだに相場はなかなか動かず、指値だけして縁側で本を読む。午前中は台所の暖房を入れたほど寒かったのだが、午後になって日の当たる縁側は暑いくらいになった。

本を読み終わって台所に戻ったタイミングぐらいでようやく相場が動き始め、ポジションを取る。結局母のところに行く直前に手仕舞いしたのだけれど、今日もまたちびったというか、いささか利食いのタイミングを失敗した。しかし本日は相場が動かない日だったので、プラスになったということだけでよしとしなければならないのかもしれない。

母のところから帰宅後は、スーパーから買ってきたとんかつで夕飯を食べながらACLの準決勝、ガンバ大阪対広州恒大の試合を見る。結局スコアレスドローに終わり、第一戦と合わせて1-2でガンバは敗退、だが試合自体は力の入るいい試合だった。後半ガンバは攻め続け、手に汗握る試合だった。

その後の夜はひたすら煮詰まる。気が滅入るし何も楽しいと思えない。抑うつ状態なのだろう。何をするにしても気分が乗らない。相場のチャートを見てもほとんど動かないのでただ気が滅入るだけ。音楽を聴いても気が滅入る。煙草ばかり吸いたくなるが吸っても美味しくない。コーヒーすら美味しいと思えないのだから参る。こういうときは何をやってもダメだ。というか、何もやる気になれない。というわけで安定剤を飲んだのだった。

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