生きる

1月25日、日曜日。

今日で田舎の実家に戻って丸二年。この二年間、途方もなく長かったようにも思えるし、途轍もなく短かったようにも思える。不思議なことに、いまだに山形という土地で暮らしているという実感が湧かない。実家という「場所」で暮らしているという感じだ。恐らく、大半の時間を家に篭って生活しているせいだとは思うが。それに、いまだに地域に根差したリアルな人間関係を構築しているとはとても言い難い。むしろ世の中とは、ネットを通して細々と繋がっているという印象の方が強い。今の生活自体がどこかリアリティを欠いている。そもそもが、引退して年金生活を送っている老人でもないのに、毎日何をしようかと頭を悩ませているところが妙だ。ときおり、人生そのものが巨大なモラトリアムに思えてくる。どうも気がつくといかに生きるかということで頭が一杯になり、いかに生活するかということがときどきどこかに行ってしまう。簡単に言えば、「生きる」ということと「生活する」ということが別個に存在しているように錯覚してしまう。これでは混乱してしまって当たり前だ。こんなことだから毎日何をしたらいいのか分からなくなって呆然としてしまったりするのだ。

このあとぐだぐだと書いたが消去。結局のところ、僕には選択肢がない。この実家で暮らしていく以外になく、相場でやっていくしかない。今のところは。これでいいのだと思えるところまでやり切るしかない。たぶん今の僕がやっていることはあながち的外れではない。ただ周りに同じような人がいないだけで。少なくとも借金を背負っていないだけでもありがたいと思わなければならないのだろう。人間、ひとりで生きているとなかなかこれでいいと思えないのは、確認のしようがないからだ。

今日はとにかく朝から体調が悪かった。ハナばかりかんでいたし、身体は重く、ひたすら眠気だけが押し寄せてくる。眠気に耐えては挫け、耐えては挫けしているうちに昼を過ぎる。どうにも体調が戻らないので久々にソファに寝転がって本でも読もうと試みるが、結局毛布を被って寝てしまう。目が覚めて洗面所で顔を洗おうとすると、顔色が悪く目の下にクマが出来てどう見ても病人である。自分でも顔が青ざめているのが分かるし、その一方で顔が火照っているような感覚もある。熱でもあるのかもしれないと思って計ってみたが、確かに普段よりは高めだが微熱までもいかない。どうやら風邪気味のようでもあるし、昨夜の酒が抜けていないような感じもある。そのうち、本当にただの具合の悪い人になってしまった。

人間体調が悪いとどうにもならない。僕自身、癌という病気になったわけだが、そんな風に深刻な病気になっても目先の体調が悪くなければまだその場はマシだ。それよりも、体調が悪くて気分が悪く、眠気が酷いとなるとどうしようもない。大体に於いて頭が回らないし身体も動かない。食欲も失せるし何か食事を作る気力すらない。煙草を吸ってもおいしくない。かといって寝てればいいのかというと寝たら寝たでさらに体調が悪い気がしてしまう。

そんなわけだから夕食はどうしようか迷った。米を仕掛ける気力も元気もない。よほど外食をしようかとも考えたがそこまでの食欲もない。結局レトルトのご飯にレトルトのカレーで夕飯を済ませた。食べたら少しはマシになり夜にかけては昔ちょっとメールのやりとりをしていた作家兼女優のブログを読みふける。こうして読むと、人の人生というのもなかなかに面白い。相変わらず彼女、無茶な人生を送っている。こういう人がいるとちょっとほっとする。自分の生き方を多少なりとも肯定できるような気になるから。だが残念ながら彼女よりも僕の方がずっと孤独だ。

昨夜は梅酒で散々酔っ払いながら結局女子ジャンプを最後まで見たのだが、高梨は3位に終わった。今夜も1時から女子ジャンプの中継がある。今夜もどうやら昨夜と同じ展開になりそうだ。今日は高梨に勝って欲しいが。

そんなわけで今日は体調が悪くて予定していた母のところには行けなかった。明日は行けるかな。


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