凍るタオル、KFC

12月28日、日曜日。

何度寝かして9時前起床。予報どおり、朝から快晴。大変結構。しかし、こういう日の方が朝晩は冷える。洗面所で顔を洗うと、昨夜入浴時に使ったタオルが凍っていた。

今日は暖房をつけていてもなかなか広い台所が暖まらない。どうしようかしばらく考えた挙句、一週間ぶりに業務に行ってみた。もう年末休みだし日曜日だしさぞかし混んでいるかと思いきや、そうでもなかった。しかし今日はツキがない。1時半ごろにヤメ。で、昨日から今日の昼食は隣町まで遠征してケンタッキーのフライドチキンを食べようと思っていた。なんでかっていうと、ツイッターのTLでKFCのチキンを絶賛する人がやけに多かったからだ(クリスマス絡みで)。そんなわけで手帳にも忘れないようにKFCと書いていたので、いささか面倒だなと思いながら車で隣町のイオンへ。で、カウンターで注文しようとするとどれを頼んだらいいのか分からない。実を言うとこれまでKFCではチキンフィレサンドとかその類しか頼んだことがなく、チキンだけとなると一人分の分量の検討がつかない。僕が悩んでいると店員が指差して今はこちらがお勧めですというのでそれでいいですと頼んだ。990円。高いなあと思いながら。ひとまず席について袋を開けてみると、骨付きが4ピース、それと別の袋に骨なしがいくつか。どうやら多過ぎたのかなと思いながら骨付きを全部食べる。骨なしまでは食べられなかった。で、美味しかったのかというとやたらと脂っこい鶏を食べたという印象。こんなものなのかなと思う。

食後の一服をするために喫煙席があるサイゼリヤ(同じイオンの中にある)でカプチーノを飲みながら本を読む。休日の午後は家族連れが多くどうにも落ち着かず、本にも集中出来ない。どうやらこの遠征は失敗だったかなとぼんやり思う。帰りがけ、スタンドに寄ってガソリンを入れたら、一時期よりもリッター辺り20円ぐらい安くなっていた。

どうもチキンを食べ過ぎたのか夕方になっても今日は腹が空かない。huluでデヴィッド・フィンチャー監督「ソーシャル・ネットワーク」を見ていたら胃がもたれる感じがして気持ち悪くなってきた。一時停止してまたテーブルに突っ伏してうたた寝、その後太田胃散を飲む。それから母のところに向かう。

入り口で記帳すると、どうやら午前中に母の友人3人が訪ねてきたようだった。今日の母はそれをちゃんと覚えていてしっかりしていた。8時近くに帰ろうとすると駐車場は物凄い霧で視界が悪く、車のフロントガラスは例によって凍って曇っていた。しばらく暖機運転してエアコンをかけ、煙草を一服してフロントガラスの曇りが取れるのを待つ。帰りがけにスーパーに寄って買い物。

いまだに腹はそんなに減っていなかったがかといって食べないわけにもいかないので帰宅して納豆で夕飯。昼間余ったキチンも食べるとお腹が一杯になる。それから「ソーシャル・ネットワーク」の続きを見る。

「ソーシャル・ネットワーク」、デヴィッド・フィンチャーのいつもの暗いトーンと陰鬱さはなく、全員が機関銃のような早口で台詞を喋るのでむしろ軽快と言っていいほどテンポがよく、見始めるとあっという間という感じがした。しかしながら、その軽快さとは裏腹に友情の崩壊という陰鬱な話であるところはデヴィッド・フィンチャーらしいところか。ま、映画が面白いかどうかは別にして、あらゆるSNSの中でFacebookが一番嫌い。クソだと思っている。ほとんど躁病の集まりとしか思えない。以前fragmentsに書いたMは毎日病的なほど饒舌に長文をやたらと書き込んでいるが、僕には一行も理解できず意味不明、明らかに病んでいるしあっちの世界に行ってるし異様なまでに自意識過剰だ。その僕がまったく理解できない書き込みに皆が「いいね!」を押しているのがまったくもって理解できない。こいつらはホントに彼女の書き込みを理解していいねと思っているのだろうか。だとしたら僕にはビョーキの人の集まりにしか思えない。自閉症の自分の子供が生き神で、自分(つまり彼女だ)の森を奪い合って霊能者たちが罵倒し合ってるとか、揚句の果ては風水がどうのとか、そんなことを嬉々として(つまり不自然なくらいポジティブに)書いている。これだけでも客観的に考えて妄想系の精神疾患、少なくとも極度の躁状態だと思う。医者の診断を受けた方がいいと思うが、大体において人間というのはうつ状態の場合は病気と自覚して医者の門を叩くが躁状態の場合は病気という自覚がないものである。

ここまで嫌いなのだから見なければいいのだが、どうも怖いもの見たさというか、嫌なものほど見たくなるというか、しばしば見に行ってしまう。で、また書いてるとか思う。こうやってますますFacebookを嫌いになる。どう考えてもおかしいと思うのだけれど、もしかしたらおかしいのは自分の方ではないかとか思い始める。かように、Facebookを見るとロクなことがない。確かに僕は人よりテンションが低いのでテンションの高い人は苦手だ。それはツイッターでもそうである。普通の人のテンションがビルの4階ぐらいだとすると、僕は地下1階ぐらいのテンションだと思う。だが前述の彼女はビルの屋上どころか、もはや隣のビルという感じなのである。Facebookの嫌なところは、あんた変だよ、何言ってるのかさっぱり分からんよ、というようなネガティブな書き込みが出来ない雰囲気が充満しているところ。ポジティブじゃなきゃいけないような雰囲気(なにしろ「いいね!」しかないのである)。否を唱えるにはシカトするしかない。そういう意味ではなんと陰湿な世界なのだろうと思う。

大方の人は昨日から9連休なのではと思ったが、年末は皆忙しいらしく、夜何人かに電話してみたが誰にも繋がらなかった。そうすると世の中でヒマなのは自分だけなのではないかと思えてくる。極端なことを言えば、自分だけ違う世界にいるのではないかとか、自分だけ狂気の世界にいるのではないかとか、そういう被害妄想に捕らわれそうになる。ああ危ない。これでは本当に自分の方がおかしいことになってしまうではないか。

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