映画日

12月23日、火曜日。午後になるまで今日が祝日だということに気づかなかった。

二度寝して9時45分ごろに起きる。案の定外は雪。朝食後に雪かき。しかし、除雪車がどけていった雪が積み上がって半端ない。かなりの重労働で息がすっかり上がる。うちの塀際はもう雪が一杯で隣の空き地か向かいの寺にしか雪を持って行けず、はて空き地のない隣のうちはどうしてるのだろうと見やると、除雪車がどけた雪をまた道路に戻していた。なるほど。起きたときは昨夜の酒が残っている気配がしたがこの雪かきで抜けた模様。

今日から来週一杯は年末年始というか、欧米に合わせて相場はクリスマス休暇ということにする。よって今日は一日中huluで映画を見ていた。最初に見たのはブレット・ラトナー監督「レッド・ドラゴン」。どうもこれ見たことあるなと思いながら最後まで見てしまった。同じ原作のマイケル・マン監督「刑事グラハム」も見ているから結局トマス・ハリス原作のこの話を都合3回見たことになる。そこまでよく出来た話なのかというとそうでもないのだが。

次に見たのはマーティン・スコセッシ監督「グッドフェローズ」。とにかく異常なまでに(アメリカで)評価の高い映画、確かに面白いのだが四六時中音楽が流れていてまるでPVを見ているようだった。「ゴッドファーザー」もそうだが、アメリカ人てこの手のやたらと人がいとも簡単に殺されるギャング映画が好きだなあと思う。そういう意味では「レッド・ドラゴン」もそうなのだが、こういう平然と無慈悲に冷酷に、無残に人が殺されるものが(フェティシズムではなく)ごく普通に一般的なエンターテインメントとして成立するというか喝采を浴びるというのはどういうことなのだろうかとふと思う。あまつさえ、それに人は爽快感すら覚えるというのは。人間が生来持つ残虐性ゆえだろうかとか考える。

3本目は望月六郎監督、花村萬月原作の「皆月」。あまり期待していなかったのだが思いの外面白かった。しかし、いちいち音楽が被るたびに水を差し、つくづく映画での音楽の使い方って難しいなあと思う。一昨日見た「DISTANCE」のように一切音楽がないと緊迫感があり過ぎて息苦しくなってしまうが、音楽も使い方次第で興を削ぐ。映画監督も音楽のセンスが必要だなと思う。エンドロールで山崎ハコが歌う下田逸郎の曲、どうも聞き覚えがあると思ったらどうやらレコード会社時代にデモテープで回ってきて当時僕が担当だった女性の新人に歌わせようかどうしようかとなった曲のようなのだがいまひとつ記憶が怪しい(つまり僕自身はその曲に乗り気ではなかった)。確か高倉健も歌いたいと言ったとか言わないとか、そういう曲だったような気がするのだが。僕の上司が絶賛していたのだがとにかく僕はフォークというものが嫌いなのだ。いずれにしても今は昔の話である。

やっぱり一日で映画3本も見るとおなか一杯。これぐらいが限界かな。

今日は午後まで雪が降り続き、ときどき外に出て様子を見たのだが、どうやら日中は気温のせいもあって積もらなかった。なので、今日の雪かきは1.5回で済んだ。午後に少し気になるところを雪かきしたので1.5回。夕方には雪は止んだ。しかし日が落ちると途端に気温が下がり、夕食後に母のところに行くと道はすっかり凍結、特養の駐車場も凍っていて歩くと危うく転びそうになる。小一時間ほどいて帰ろうとするとエンジンのかかりが悪く、寒さでフロントガラスが凍っていた。今日の母自体は落ち着いていてとてもまともだった。

しかし、今日は一日中映画を見たものの、これをあと2週間近く続けられるかというと疑問が残る。かといってこれだけ雪があるとどこかに出かける気にもなれず、ちと途方に暮れる。まったく、クリスマスや年末年始なんて憂鬱なだけだ。

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