父を捨てる

そんなわけで昨夜は中長時間型の睡眠薬であるロヒプノールを2錠飲んで寝たのだが、朝目が覚めて時間を見るとまだ6時前、当然のことながら猛烈に眠く、トイレに行ってまた寝て、都合三度寝ぐらいして9時半起床。なんとか昼寝せずに一日を過ごすことが出来た。どういうわけか村上春樹のアシスタントとしてアメリカの大学で生徒の面接をするという夢を見た。どう考えても村上の方が遥かに英語には堪能なのに、どうしてこんな夢を見たのか謎だ。

午前中は父の遺品を整理。書斎にあるものを出来るだけ減らそうとゴミ袋に入れていく。ほとんど書類の類。あとボロボロになった骨董品のような辞書とか手紙とか年賀状とか。こういうときは無慈悲に捨てていかないと何も捨てられないのでどんどんゴミ袋に詰めて車に積む。が、父の日記は捨てられなかった。恐らく父自身も読まなかったであろうし、これから先は僕も老いていくだけだ。読むこともないだろう。だが今日のところは半分ぐらいしか父を捨てられなかった。壁一面を埋める書棚の膨大な全集群もまだ処分する気にはなれない。それを処分してぽっかり空いた書棚を埋めることは恐らく出来ないだろうし、そこに出来るであろう空虚を見る気にもなれない。それは喪失感というよりもただの空白に見えるだろうから。それがちょっと怖い。いずれ一部は処分せざるを得ないだろうけど。

午後から夜にかけて、今日はhuluでずっと「家政婦のミタ」を見ていた。いまさらではあるが、見たことなかったので。なんていうか、連続ドラマというものは見始めると止まらなくなり、それは面白いとかいうよりも一話完結ものでもない限り必ず次を見たくなるように出来ているから、ある種義務的に次を見てしまう。このドラマの場合、解放感というよりも閉塞感、いたたまれなさで次を見てしまうという感じが今のところ強い。5話まで見たところだけれど、ドラマの中でも父は捨てられてしまうのだね。いずれにしろ、ドラマは毎週一話ずつ、楽しみにして見るのがちょうどいいのかもしれない。

母は右目の下が鬱血していて何事かと思ったら食事のときに転んでテーブルにぶつけたということだった。今の母はまるで別人のようで、母のところに行くのが憂鬱というよりもなんか怖い。そんなわけだから来週の土曜に家族会の総会というものがあるらしいが物凄く行きたくない。たぶん欠席すると思う。毎日行っているとちょっとずつ、じわじわと真綿で首を絞められるように追い詰められている感じがして、そろそろ母のところに行くのも一日おきにしようかと考えている。母の心が戻ればなあと思う。以前のように普通に話が出来ればなあと。

今日はアルバムを1枚衝動買い。Moonchildの「Please Rewind」。YouTubeで何曲か聴いて、コードセンスがとても気に入ったから。白人のバンドだけれどジャンルとしてはネオソウルになると思う。

Please Rewind – Moonchild

前作の「Be Free」も欲しいなあ。

そういえばGoogleからメールが届いて、不正ログインがあったというのでパスワードを変えた。たぶん、XPのデスクトップの方を繋ぎっぱなしにしていたせいだとは思うが。念のためXPはネットに繋がないようにしよう。そうじゃなくて単にパスワードをハッキングされたとしたら余計嫌だな。やはりXPを使い続けるのは危険な気が。Cubaseや音源が入っているので曲を作るためには必要なのだが、そのためだけにした方がよさそうだ。いずれにしてもデスクトップかノートか、もうひとつPCを買わねばならないだろうな。

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