空疎の重さ

毎晩夢を見る。夢を見ない日がない。今朝は三度寝か四度寝をして、なかなか布団から出られなかった。なんていうか、起きたくなかった。色褪せた夢から覚めたくなかった。

天気予報がいい感じで外れて、晴れのち曇り。

相変わらず人生とか幸せとか言葉とか、すべてを見失っている感じ。不安と焦燥感がないまぜになって、ただ漫然と時だけが過ぎていく。こうやって日記を書こうと思っても、ただの一行も文脈が浮かばない。空っぽの頭での即興演奏。脳内ハードディスクの停止。なにやら身体は重いのだが、それでいて自分の人間としての質量は限りなくゼロに近いようにも思える。重いのはサイドブレーキを引いたまま生きていることによる摩擦係数か。今の僕は日差しを受けても影すら持たないのではないか。僕という実存は曖昧で希薄で空疎なのに、現実はひたすら重い。なんか、あらゆるものから酷く遠い場所にいるような気もする。例えば、世界とかそういうものすら壁の向こう側にあるようで。空気にすら押し潰されてしまいそうだ。それでいて宙ぶらりんに中空に浮いているような矛盾。

時間。

ピースがばらばらになったジグソーパズル。

死に場所を探しているうちに道に迷ってしまった象。

再生されることのないレコード。

薬の飲み方をいろいろ考えて、ドグマチールは毎食後3回、安定剤(抗不安剤)のレキソタンは朝夕の2回飲むことにしてみた。が、なにしろ前述のような調子だから、あまり功を奏しているとも思えないが、夕食後にレキソタンを飲むと、少しは不安感がぼやけるような気はする。午後調子(精神的な)が悪かったので、本当は昼も飲んだ方がいいのだろうが、これ以上安定剤に依存したくないので量は減らしていきたい。明日は朝夕じゃなくて昼夕にしてみるか、レキソタン。半減期を考えると朝飲めば午後もある程度血中濃度はもつはずなのだが、実際問題として午後母の病院にいる間の調子はかなり悪かった。へばっていた。いろんな意味で。母は落ち着いていたが、僕の方がへたっていた。

医師と話をして、医療相談室というところと次に移るリハビリ専門の病院について話した。そんなことすらしんどい。今日はあまり長い間病院にいられなかった。

BSでニュルンベルク×シャルケの録画中継をなんとなく見た。明日の朝出すためにゴミをまとめた。そういえばもう年末だから、普通は大掃除とかやるんだろうな。

今日評価出来るのは、今夜まだ誰にも電話していないことぐらいだ。明日は雪が降るのだろうか。

あらゆる意味でダルい。そして、なんだか悲しくなってくる。

今日の母は昨日よりも歩いた。僕は後ろ向きに歩きたい。すべてを巻き戻したい。僕の世界はとうにその輪郭を失っている。


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