孤独

今日は上手く日記を書ける自信がない。たぶんまとまらないだろう。

母が入院して弟が仙台に帰り、帰宅して夜、ついに一人ぼっちになった。あまりの寂しさに唖然とする。かといって、何一つすることが思いつかない。このままだとうさぎのように寂しくて死んでしまいそうだったので、先ほどまで久しぶりにHと長電話をして、2時間ほどかけて延々と喋ってしまったので、そこまで語らないと伝わらないものをここに書けるとは思えないのだ。

医師と11時に約束していたので、弟と11時前に病院へ。朝撮ったCTの結果、母の術後の経過は良好で命に別状はないとのことだった。ここから医師の話題は変わり、今回のことを警察に報告する義務がある(事件性ありということで)のだが、どうしたらいいか意見を聞きたいということだった。まず何があったか話して欲しいというので、僕はありのままに話した。医師の話では軽微な脳挫傷があり、それが原因で少しずつ出血して昨日具合が悪くなるに至ったということだった。

それからどういう経過か、いつの間にか僕は親戚や弟とも話をしたくないのだというような、自分のことを話していた。弟が同席していたにも関わらず。僕はぺちゃんこで、空っぽだった。いかに親戚の意見を聞きたくないか、それが無意味であるかなどという話もした。それで、結局、義務があるなら報告してくださいと言った。僕のうつ病のことまで話した。医師は、警察に報告した方が、今後の介護や僕自身のためにもいいことがあるだろうから、と言ったが、その「いいこと」の具体性はなく、ただの彼の想像の範疇を超えなかった。

正直言って、これを書いている今、報告してくれと言ったことを後悔している。たぶん、それでいいことなど何もないだろうから。万が一僕が罪に問われるようなことがあったら、誰にもメリットがない。母を世話する人間がいなくなってしまう。ただの時間の無駄だ。真実を知っているのは僕と母しかおらず、事実を立証出来る人間は誰もいない。いまさらながら、自責の念に駆られたとは言え、よい選択ではなかったように思えた。警察と話をする時間があるのなら、母に付き添っていた方がいい。

とはいうものの、昨日の日記に母のためだけに生きると書いておきながら、実際には4時過ぎには病院を後にした。数日前から左の膝が痛いし、疲れてもいたし、正直しんどかった。所詮、僕はその程度の人間であるのだ。それでいて、前述のように帰宅しても何一つすることが思いつかなかった。食欲はゼロ、寝てしまいたいところだが眠くもない。音楽を聴いても何をしても楽しくない。すべてがストレスに思える。

堂々巡りだ。気がつくと自分のことばかり考えている自分がいる。人間は所詮自分のことしか考えられないのだろうか。

ただひたすら煙草だけ吸った。喫煙を再開して最高記録の26本。

僕の世界には母と僕の二人しかおらず、後は皆実体を持たない書割のような存在に思える。その母がここにいない。もうここに戻って来れないかもしれない。そのことは、あまりにも重い。これが軽くなるのは母が元通りに回復したときしかなく、それまでは僕は薄氷の思いで過ごさなければならない。僕はもう一度母と歩きたい。

生きることはなんと苦しいのか。重いのか。明日からはせめてこの日記だけでももう少し軽くしたいものだ。

おっと、危うく書くのを忘れそうになったが、母は話しかけると身体を起こそうとする。まだ術後の出血を排出するために頭から管が出ていて、酸素も吸入している状態なので、そのたびに起きないように言い聞かせなければならない。まだ母の右側には麻痺があって上手く動かせないようだ。無事回復することを祈るのみ。

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