転落

母は完全に呆けた。もう無理だと思った。母はいくら言っても歯を磨かなかった。もう介護は出来ないと思った。地獄だ。もう生きていたくないと思った。父が死んで、母は統合失調症になって、狂って、ちょっと正気になって、そして呆けた。深更、母は急に優しくなった。とっくに入った風呂に入ると二度も三度も言う。深夜を回ってから夕飯を食べようかと言う。こっちに戻ってきて10ヶ月、どうして物事はこうどんどん悪い方悪い方に行くのだろう。

最悪だ。すべてが最悪。何もない。明日、自分の病院へは行けないだろう。煙草を好きなだけ吸って死んでしまおう。しかし、さっぱり煙草がおいしくない。ただただ酷い気分だ。僕が死んでも母は電話ひとつ出来ないだろう。

床に就いてから、母はしきりに僕に謝った。母は悲しいくらい優しく、母の半分は悲しいくらい正気で、残りの半分は悲しいくらいに呆けている。これ以上呆けたらどこにでも入ると母は言った。僕はこれから、一体どうすればいいのだろう。僕のこれまでの人生はなんで、これからの人生はなんなのだろう。

さっきまで、本気で死んでしまいたいと思っていた。頭の中には無理と嫌の2つしかなかった。それから、寝床の母の言葉を聞いて、どこにも入れたくないと思った。途轍もなく悲しくなって、それから僕は空っぽになった。指が痛い。風呂に入れるかどうかも怪しい。とりあえず思いつくのは、安定剤を飲んでラリってしまおうということぐらいだ。もう既に、僕の人生は終わってしまっているんだと思う。終わっていないと勘違いしていただけなのかも知れない。

もう何もかも分からない。僕に出来ることなど何もない。

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