夢、風呂

2月12日、水曜日。

相変わらず毎日夢を見る。しかしながらこのところいい夢というものをしばらく見ていない。夢特有の曖昧さというよりうやむやで落としどころのない夢ばかり見る。そういえば昨日の夢には父が出てきたと思う。いい夢というのは果たしてどういう夢なのかというと、それもまた曖昧模糊としている。

今日は快晴で、雪かきもせずに済んだ。病院には昼食時に行ったが、今日の母も昼食を粗方食べる食欲を見せ、調子は悪くなさそうだった。このままよくなって退院できればいいんだが。帰りがけに役場に寄って障害者手帳の申請。いまさらという感はかなりあるが。

病院から帰宅後すぐにトレードというか、朝の段階で既にポジションを取ったのでその続きをやっていたのだが妙に疲れていてだるかったというか、ほとんど具合の悪い人になりかけたので1時間ほど昼寝。寝たらそこそこ回復したが、なんで具合が悪くなりかけたのかはよく分からない。夕方に利食いをしてようやっと先日の特大ストップを食らった分を取り戻す。結局何日かかったのだろう。

夕食後の夜は珈琲の豆を煎りながら4話の途中で停まっていた「東京ラブストーリー」の続きを見た。なんていうか、この辺になるともうこそばゆくて。長いこと生きているので好きという感情が途轍もなくめんどくさいものであることは知っているが、こんなにもこそばゆいものだとは。

寒いところに住んでいるから当たり前といえば当たり前なのだが、冬になるととにかく風呂に入るのが面倒に思える。脱衣所で服を脱ぐのも(寒い)面倒だし、風呂に入るのも面倒、髪を洗うのも面倒、という具合にすべてが面倒に思える。ところが実際に湯舟に浸かっているとそれ自体特にめんどくさいわけではないし(当たり前)、いざ身体を洗ったり髪を洗ったりしている最中もリアルタイムでは特にめんどくさいわけでもない。風呂から上がってドライヤーで髪を乾かすのもやっている最中はそれほどめんどくさいと思わない。一体この事前事後の感覚の違いはどこから来ているのだろう?

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