怪談

12月1日、日曜日。

昇格プレーオフで山形が大宮を2-0で下したところを見届けてから(もちろん山形を応援している。山形がJ1に昇格すれば隣町で鹿島の試合を見れるから)、予約時間である4時の15分前に精神科に電話して何時に行けばいいか訊ねたところ、時間通り来ていいというので時間通りに行った。すると、待合室に患者が一人もいなかった。診察室前の長椅子にも誰もいない。こんなことは初めてなので驚いた。しかしだからといって即座に呼ばれるわけではなく、それなりに診察中だった患者が出てきてから少し経ってからようやく呼ばれた。

正直なところ、ただ単に薬(内科の薬も含めて)をもらうために通っているようなもので、いつも診察といってもただの人生相談みたいになる。そんなわけで当然のことながら今日は彼女の話ばかりになった。もちろんそれで僕が極度の抑うつ状態になったことも含めて。一通り話し終えて、医者に一体どうしたらいいか訊ねた。医者の意見を簡単にまとめると、一般的な意見としてはやめた方がいいということだった。それはまあもっともな意見だ。医者が言いたいのはつまり、最悪の事態にならないようにということだ。だが医者は僕自身がそういったことをすべて分かった上で彼女と付き合っているということも分かっている。医者が言うには、彼女はもっともっと僕を試すようになるだろうということだった。なのでどこかに境界線を設けて、それを超えたら離れた方がいいということなのだが、現実問題としてそこに至るまでに彼女の僕に対する依存が深まれば深まるほど、酷い結果になる可能性があると。もちろん僕自身もそれを分かっている。だから彼女が怖い。いつかスティーヴン・キングの書くホラー(例えば「ミザリー」とか)みたいになってしまうのではないかとか、極度の躁うつ病を抱えた奥さんにずっと寄り添って、結果的には自分自身が首を吊って自殺してしまった井上大輔(忠夫)さんみたいになっちゃうんではないかとか考える。ちなみに井上大ちゃんの奥さんは彼の半年後に後を追うように亡くなった。

一旦そういうことを考え始めると、例えばLINE上での彼女のちょっとしたブレが怖くなる。そして、一度怖くなるとそれこそまるでホラーのように思えてしまうのだ。それでも何故僕が彼女を切り捨てないかというと、それ以上に彼女を失うことが怖いからだ。詰まるところ、恐怖をより強い恐怖で抑えているということになる。たぶんそういういびつなバランスの取り方では長続きしないだろう。実際、悪い方に考えると怖くて仕方がない。しかしちょっとばかり勇気を出して敢えてここに書くと、そういったことを全部ひっくるめて彼女を愛してもまたいるのである。

まったく困ったものだ。医者にも言ったが、もう無理と思ったら容赦なく切るつもりではある。そのとき僕はすべてを失うんだろう。そして、それこそ容赦のない孤独が襲ってくるのだろう。医者の言う確率論的な観点から言えば僕は間違っているのだろう。どっちにしてもソフィーの選択と大差ない、究極の選択だ。彼女は運命なんか信じないと言う。しかし僕はまさに運命に翻弄されているのだ。

つい先ほど、風呂上がりにようやくカレンダーをめくって、この家でも12月になった。時は無慈悲に進む。まったくなんてこった。神は乗り越えられる試練しか与えない。だがもし乗り越えられなかったら?

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