ストーカー

9月7日、土曜日。

いわゆるところの残暑、とにかく暑かった。11時近くに起きて朝食後ツイッターのタイムラインをさかのぼってみると、北中米遠征しているU22日本とメキシコの試合がYouTubeにアップされていたので、昼を挟んで見た。現地(たぶんメキシコ)の実況はヒロキ・アベを盛んに連呼するので、どうやらメキシコでもバルセロナに移籍した安部裕葵はかなり注目されていることが分かる。試合は結局スコアレスドローで終わるのだが、先発した目当ての鹿島勢3人、上田綺世、安部裕葵、町田浩樹のうち上田と安部の二人は後半12分で交代。肝心のU22日本代表だが、特に前半、空中戦にめちゃくちゃ強い上田のポストプレーを狙う意図がまったく見えず、攻撃時の連動性もなく、上田のよさを使えていないというか、上田がボールに触れること自体が少なかった。後半になって3枚替えしてからはようやく多少は連動して攻めるようになったが、こうしてみると結局監督の意図としては前半、つまり先発のメンバーに関しては戦術というよりも個の技量頼みだったっぽい。結句、上田のみならず安部もボールを持ったときに往々にして孤立してしまうことに。おしなべてこの日本は中盤がゲームを作れない。A代表でいうところの柴崎がいない。いかにも急造のチームという印象だった。それにしても、なんでここでサイドバック(3バックだったのでウィングバックか)がオーバーラップしないんだよ!みたいな感じが終始。

などと書いているが、昨日の疑似的な失恋の続きで元気はなく、試合を最後まで見るのも楽ではなかった。そして、なんということか、昨日に続いて今日もまた疑似的な失恋をしてしまうことになった。

4時過ぎに特養に行った。母のところに行く前にまず自分がしたことは、1階の看護員室のドア横に看護員のポートレートが貼ってあるかどうか確かめることだった。すると確かに貼ってあり、Aさんの写真も今まで通りある。つまり、昨日もしかしたら……と思ったことは勘違いだった。看護員室は電気が点いておらず人の気配もなかった。2階に行くと母は車椅子に乗ってホールのテーブルについていた。母を部屋に連れて行ってベッドに寝かせる。じきに母は寝息を立てて寝てしまった。なんだか落ち着かない。確かに看護員のポートレートは今まで通り貼ってあったけれど、本当にAさんはいるのだろうか? という疑問が浮かぶ。とりあえずAさんのポートレートをスマホで撮っておきたいという欲求が湧き、母が寝ている間にエレベーターで1階に降りる。スマホを手にしてエレベーターのドアが開くと、ちょうど看護員室の前で女子職員が誰かと談笑しているところだった。しかもその女子職員に気づかれてしまった。これはいかん、と思いながらとっさにどうしたらいいか分からず、「閉」ボタンを押して2階に戻った。なんてこった、これじゃあ完全に不審者じゃないか、どっちにしても意味不明な行動に見えたことは間違いない。

5時過ぎに母を起こして車椅子に乗せてホールのテーブル席に戻す。1階に降りるとちょうど廊下にAさんその人がいた。Aさんは消えていなくなったわけではなく、まだちゃんと存在していた。というようなちょっとした衝撃を覚えながら「こんにちは」と挨拶を交わす。Aさんは看護員室に消えた。そして僕は看護員室の前で立ち止まり、Aさんのポートレートをスマホで撮影した。もはや完璧に怪しい行動であることは間違いない。挨拶を交わしてから部屋の前を通り過ぎるまでのタイムラグが。

自動販売機でオロナミンCを買って、駐車場の車の中で飲みながら煙草を一服した。そして考えた。昨日はもしかしたらAさんは特養を辞めてしまったのではないかと思った。だとするとAさんと自分の接点はなくなり、Aさんは僕の前から完全に姿を消したことになる、と思った。それが喪失感になっていた。だがAさんは辞めておらず、確かにいた。なんのことはなく、恐らく平日休みで土日出だったのだろう。

煙草を吸いながら思った。だがしかし、先ほど挨拶を交わした様子からして、恐らくAさんの眼中に僕はない。彼女は僕を男として意識していない。という気がする。気がするだけで十分だった。結局のところAさんがいてもいなくても自分が(疑似的なものであるにしろ)失恋したことに変わりはなかったのだ。そして、それが何を意味するかというと、要するに僕はAさんに恋をしているということだ。例えそれが妄想であるにしても。なんてこった。こうして僕はまた失意の底に沈んでいく羽目になった。なんだかよく分からない気持ちのまま車を運転していたので、コンビニに寄って買い物をすることも忘れてしまっていた。そのことに気づいたのは帰宅してからだった。

なんだかいたたまれなかった。何かをしなければ、と思った。とりあえず夕飯に食べるものがないのでコンビニに行くしかない。着いたばかりなのにまた車のエンジンをかける。コンビニで弁当と煙草を買って時間を見る。6時48分。Aさんはもう帰っただろうか。それとも7時になると帰るのだろうか。とにかく何かをしなければと思って、また特養に戻って、今度は職員用の駐車場に車を停めた。窓を開けて煙草を吸った。ここで待っていればAさんが帰宅するためにやってくるのではないか。しかし本当にやってきて自分に気がついたら一体どう思われるだろうか? 一体全体、俺は何をやっているんだ? これではまるでストーカーではないか。

裏手にある職員用の駐車場からまた特養の敷地内に車を動かし、職員の出口が見える辺りで車を停めた。ちょうどその右手のところにある部屋に明かりがついていた。あれが看護員室だろう。このままAさんが出てくるまでずっと待っていようか、などということが頭に浮かぶが、もちろん僕はそんなことはせず、車を発車して帰宅した。

自分でも意味不明な行動を取っていることは重々分かっていた。しかし、何かをやりたかった。それがただの空回りであることは分かっていても。まあとにかく、一回ぐらいはなんらかの行動を取りたかった。ただそれだけだ。それ以上の勇気は僕にはない。なにしろ、日本を代表するくらいに勇気がないのだから。僕はただ、昨日今日のこのもやもやとした感情を、ちょっとでもいいから具現化したかっただけだ。僕がAさんに告白することはないだろう。妄想は妄想でしかない。まるでストーカーのような行動も、ある種の滑稽な儀式に過ぎないのだ。

なんだか書かなくていいことを書いているような気がする……。

馳星周「比ぶ者なき」読了。

自分とその一族のためなら歴史さえも捻じ曲げてしまう男の話。主人公に共感するのが難しいという意味では、馳星周らしいのかも。

愚か者であり続けるのもなかなか辛い。ちょうど弱っているので、俺を口説くのは今がチャンスだよ、そこのあなた。

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