デリヘルドライバー

8月18日、日曜日。

ドグマチールとネキシウムを飲み始めたせいか、今日になってようやく体調がいくぶんましになってきた。もちろんそれは昨日までと比べた相対的な話である。体調がいいわけじゃない。

盆を過ぎたというのにとにかく暑い。日中は例によって冷房をつけた書斎のベッドに横になって読書。が、少しは何かやらなければならないかもと思い、散らかり放題だった書斎の片づけを少々した。脱ぎっ放しになっていた夏物以外の服とか毛布とかを二階の自室に運んだのだが、久しぶりに上がった二階は案の定蒸し風呂のように暑かった。かつて夏に冷房なしで二階で寝ていたとは到底想像つかないほど。片づけもやるからには徹底してやるべきだとは思うものの、そこはそれ、まだ半病人なので休み休み。なので、かろうじて(以前より)片付いたかなと思えるのはソファ周りぐらい。3分の1といったところか。台所の窓を全開にしておいたら、夜が更けてから案外と涼しくなっていた。とはいうものの室温は30度。

東良美季「デリヘルドライバー」読了。

インタビューに応じた9人の元デリヘルドライバーは元を辿ればやくざからプッシャー、バイオリンの学生コンクール日本一、風俗店経営、闇金、元女性まで、千差万別だ。それぞれがなにがしかの紆余曲折を経て気がつくとデリヘルドライバーになっているわけだが、その「なにがしかの紆余曲折」が自分とはあまりにもかけ離れているので、こういう人生もあるのかといちいち驚かざるを得ない。そして、気がつくとそういう人たちにある種の憧憬に近い気持ちすら抱いてしまうから不思議だ。なんかちょっとうらやましい。かくいう自分も、松任谷由実の原盤ディレクターやレコード会社ディレクターを経て音楽プロデューサーとなりながらも、その合間合間でパチプロをやったりとそれなりに出鱈目な人生を送ってきたけれど、この本に登場する人たちのある種衝動的な出鱈目さには到底かなわない。で、最後まで読み終わって気づいたのは、彼らに共通するのは最終的に人に紹介されてデリヘルドライバーになっているという点だ。つまりは、人間関係というものがその人の人生にどれだけ影響するのかということを再認識した。ところで、人に紹介されてパチプロになる人間はいない。もちろん、かつての梁山泊みたいな攻略プロとか開店プロは別として。

本に登場する9人の中にはスポーツ新聞の三行広告を見て風俗界に入ったという人も多く、そういえば自分にもそういう経験があったことを思い出した。うつ病のパチプロをやっていていろんな意味で煮詰まってしまい、なんでもいいからとにかく就職しようと思ったことがあった。そのころ僕は既に40歳を過ぎていて、もはやまともな就職活動をしてまともな会社に入れるとは思えなかった。ある日、日刊スポーツの求人広告を見てSソフトという会社に電話して面接に行った。何の仕事と書いてあったのかはもう覚えていない。広告からは仕事の内容は読み取れなかった。とにかく面接に来いというので履歴書を持って大久保通りの古ぼけたビルに行き、社長の面接を受けた。行ってみて初めて分かったのだが、そこはリンリンハウスというテレクラの大手チェーンを運営する会社で、社長というのはその筋では有名な人物だった。ある種のカリスマ性があるといえばあるが、それはつまりまったくの堅気ではないなという感じ。確かにいかにもやり手っぽいが、恐らく彼は頭はそれほどよくないと直感した。仕事は当時流行り始めた出会い系サイト(チャット)の運営だった。僕の履歴書を見て、その伝説の人物である社長はとにかく優秀な奴が来たというので、明日から来いという話になってしまった。それで若い社員の運転するワゴンで、仕事先である新宿三丁目にほど近いビルに連れていかれた。そこはビルのワンフロア一杯に所せましとパソコンが並んでいて、それらは出会い系サイトのサーバーだった。フロアの奥の一角にスペースが仕切られていて、そこにはいわゆるサクラの女性たちがいてチャットをしていた。僕はそこを任されているという課長だかなんだったか、とにかく責任者に紹介された。社員は皆スーツにネクタイで、にこやかに話すし、危ない仕事というか裏ビジネスあるいはグレーゾーンの仕事をしているという感じはない、フツーの人たちだった。確か夜の10時は過ぎていたと思う。奥でやらせのチャットをしていたサクラの女の子がお疲れ様でしたといって帰っていく。なんだかよく分からないまま、また社長と電話で話をして明日の9時から来るようにと言われた。

という具合に、「デリヘルドライバー」にもあるがスポーツ新聞に載っている風俗系の求人広告というのはとにかく即決であっという間に採用が決まるのだった。電車で用賀に帰りながら、なんだかよく分からないうちにどうやらテレクラが運営する出会い系サイト(チャット)に就職が決まってしまったようだ、どうしよう……とうじうじと悩んでいた。このままなし崩しに明日から出社するのだろうか。……。結局僕は帰宅後に田舎の父親に電話して、就職が決まったんだけど実は、と正直に話した。すると当たり前だが父は頼むからテレクラに勤めるなんてやめてくれと言った。それで僕は社長に辞退の電話を翌日入れたのだが、要するに僕は誰かに止めて欲しかったのだ。そうじゃないとずるずると巻き込まれてしまいそうな気がしたから。ハナから乗り気ではなかったのだ。

ま、僕のアンダーグラウンドな経験というとそれぐらいなのだが、ふと、あのまま次の日から通っていたらどうなっていただろうと考える。その後ネットでSソフトを調べると、少なくともその後始めたビデオボックスの会社はとんでもないブラック企業だというネット上の噂。だとするとどっちにしろあっという間に辞めていただろう。その一方で、もしかすると自分であれば物凄い勢いで出世した可能性もある、などとも思うのだった。たぶん僕はアイデアでは負けない。いずれにせよ想像上の世界だ。ちなみに面接に行った本社には雑誌に出す広告のレイアウト、作成をしている部署があり、そこは若い女性社員も何人かいてごく普通の会社のように見えた。今ウィキペディアでSソフトを調べてみたら売上高143億円、社員が1300名とあり、ホントかよ? と思ったなり。

人間、足を踏み外すのは意外と簡単だ……。入口はその辺に普通に転がっている。

ところで、本を一冊読んだところでデリヘルに対する妄想が頭の中で広がっている。正直興味津々。だが例によって自分には勇気がない。たまにはそれが幸いする。

さっき人に紹介されてパチプロになる人間はいないと書いたが、そういえば最後の会社(そこでは着メロや着うたのプロデューサーというか制作部長みたいなことをやっていた)を辞めてしばらくしてから、当時の部下と電話で話したことがある。彼は元々はシンセのオペレーターで、会社では僕の下でディレクターをやっていた。僕と同じ東北出身で真面目で人見知りをするタイプだった。僕がパチプロに舞い戻った話をすると、彼は「俺もパチプロになれますかね?」と僕に訊ねた。彼の性格からして、彼は本気で訊ねているのである。少し考えて僕は答えた。「無理だと思う」

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