それでもボクはやってない

7月25日、木曜日。

外は31度。暑い一日だった。終日冷房オン。

自分が逮捕拘留されたときのことを思い出した。で、映画では自分の経験と異なる部分が多々あった。例えば、刑務官や取り調べの刑事は皆敬語だった。映画のような乱暴な口の利き方はしない。検察に連れていかれるときも数珠繋ぎにはならなかったと思う。で、検察での取り調べを待つのは白鳥由栄が脱獄したようなまさに昭和の独房だった。それに検事の取り調べ中に刑務官が付き添うということもない。検事は僕がこれまでの人生の中で会った中でも一番嫌な人種だった。若いのにまるで自分が相手の人生をどうにでもできる万能の存在とでも思っているような。しかしながら皮肉なことにその検事が僕の不起訴を決めたわけでもある。

拘留中は僕には名前がなく44番だったことを思い出したが、同時に取り調べのときは刑事は僕を高山さんと名前で呼んでいたような気がする。というのも、若い方の刑事(といっても40そこそこ)に「高山さん若く見えますよね、外歩いたら僕と同い年に見えますよ」と言われた覚えがあるから。勘違いする人がいると悪いので一応書いておくと僕の場合は痴漢でも現行犯逮捕でもない。念のため。

久しぶりに自分が前科一犯であることを思い出した。任意で行った警察署で、はい、逮捕状出ましたと手錠をかけられたときの、「あ、ハメられた」と思った気持ち、持ち物を全部出される屈辱感、留置場に入れられたときの絶望感、そういうものがよみがえる。ただ、僕の場合は独房であった(恐らくうつ病であることを考慮されたものと思われる)こと、起訴されなかったということで、この映画の主人公よりはよほどましだったのかもしれない。国選の弁護士はホントに頼りなくてほぼ何の役にも立たなかった。それよりも、たかだか20分の面会のために弟が何度か仙台から来てくれたことの方がよほどありがたかった。

二十日間の拘留期間の最後の方で、なんかのときに見えた外の景色がいつの間にか雪景色になっていたことを今でも忘れない。普段は外の景色すら見ることができないので、なんらかの休憩時間みたいなときに外が見えたんだったような記憶。

そういえばこの日記のアクセス数がこれまででもっとも増えたのは、皮肉なことに僕が逮捕されて更新できなかった二十日間の間だった。つまり、更新しない方がアクセスが増えるってことなのか。

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