感情生活

3月6日、水曜日。

8時半前に目が覚めたのだが身動きできず、それからまた夢を見て10時22分起床。自分で思った以上に疲れていた。まだ母が入院して二日目だというのに、早くも自分がこの事態にどう立ち振る舞っていくべきなのかが分からない。とにかく毎日病院には行く。それはいいのだがでは何時から何時まで病院に行くのが適切で、そしてそれ以外の自分の生活とどう折り合いをつけていくべきなのかということの適切な解というものが見つからない。もしかしたらそれはただ単に慣れがないだけなのかもしれない。つまり自分はまだ母が病院に入院しているということにいささかうろたえているということだ。母が特養にいるときは夕食の時間が決まっていたので、その時間の前後に行けばよかった。だが病院では特養のように全員一緒に食事をするわけではない。実際のところ、5年前に母が半年近く入院していたころ(まだ特養に入る前)、自分が一体どういう生活をしていたのか思い出せない。当時はまだ母が老人ホームに入るということを想像すらできておらず、現実に母が特養に入ることになったときは母が物凄く憐れに思えたものだった。それが今は逆に、母が病院にいることが可哀そうに思えるのだ。結局今日は夕方の5時から母が食事を終える7時過ぎまで病院にいたけれど、それで改めて特養にいる方がずっとましだと思えたのだった。ちょうど看護師が夜勤に交代する時間に行ったためなのか、2時間母と一緒にいると明らかに人手が足りないように思えた。だが今にして思えばそれは自分と母だけの視点から見たものに過ぎなかった。つまり母以外の患者はその他大勢の人々、というような具合である。それがいかに自分勝手な視点かということは、病院から帰宅して4時間ぐらいたった今になってようやく気付くという具合。だがしかし、他の人はどうでもいいという思いに駆られるのはある意味致し方ない。それが人間というものだから。

病院から帰宅したのは8時ごろ、不思議なことにまったく腹が減らなかった。それでも帰りがけにコンビニに寄って買った弁当を食べた。ちっとも美味しくなかった。食後に病院に行く前から保持していた相場のポジションを決済してから今日の母の様子を伝えるために弟に電話した。それで何かが気に食わなかった。以来しばらくの間僕は立腹し、嫌な感情に支配された。何がそんなに気に食わなかったのか、恐らくそれはほんのちょっと自分の自尊心を逆なでされたというただそれだけのことである。なんか以前にもそんなことがあった。ともあれ、改めて人間というのは些細なことで感情というものに支配されてしまうのだなと思った。実際の話、その感情に支配されている間はそのことで一杯になってしまう。

何故自分はこれほどまでに感情的な人間であるのか、風呂に入って考えた。まず最初に浮かんだのはそれが僕という特定の個であるが故の問題であり、必ずしも人間として普遍的な問題ではないのかもしれないという疑問だ。いずれにせよ、風呂の中でこんな答えが浮かんだ。

簡単に言えば自分の人生というものを大まかに総括してみた。だがもしこれがある程度の範疇で正しいとしても、それではどうやって自己の感情を制御できるのかという答えは見つからない。むしろ、感情を制御することが果たして正しいのかどうかも分からない。だが大概の場合、感情の赴くままになるとろくなことがない。なんとなく分かるのは自分が泰然自若とはほど遠い存在だということだけだ。これまでこんな風に生きてきて、果たしていまさらながらある時点で生き方を変えることなどできるのだろうか。できるかもしれないしできないかもしれない。そして、それはどっちでもいいのかもしれない。肝要なのは、これまでの自分の人生をすべて否定しても何もならないということだ。一見得るものがありそうで実はない。ただすべてを失うだけだ。それでは元も子もない。やはりここは、感情に振り回されるある特定の時間というものをできる限りなくしていくように心がけるぐらいしかない。もしあったとしてもそれは一過性のものなのだから。

何を書いているのか分からなくなった―――。

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