血と暴力の国

2月13日、水曜日。

コーマック・マッカーシー「血と暴力の国」読了。

同じ作者の「ブラッド・メリディアン」では障壁になっていた文体が、今回はまったく気にならなかった。それはひとつひとつのセンテンスが短く、無駄がまったくないせいだろう。元々心象描写をしない作家なので、話が軽快に進む。各章の冒頭におかれる保安官ベルの独白が数少ない心情の吐露となっている。そして必要最低限のユーモアがあって、そのバランスが素晴らしい。乾ききった削ぎ落された文体で凄まじい暴力を描いて進むが、ときおり思い出したように現れるユーモアが絶妙なアクセントになり、ラストには意表をついて浮かび上がるセンチメンタリズム。読んでいてえっと思ったのは、映画ではラストに当たるシガー(この本ではシュガー)が事故に遭う場面のあとに、存外にまだページ数が残っていたことだ。夜になって改めてコーエン兄弟監督の「ノーカントリー」を見直してみたが、いくつか省略されたディテイルはあるもののほぼ原作に忠実に映画化されていた。しかしながら原作を読んでいない人にはラストはいささか唐突で分かりにくいと思う。ベルが何故そういう心境に至ったのかというプロセスが省略されているので。その点、原作ではいわば周到にラストの夢の告白に帰結する。それが前述の微妙なセンチメンタリズムが浮かび上がることになり、余韻となるのだ。映画ではその余韻自体が圧縮されて省略されている印象を受けた。

原題の「No Country For Old Men」を「血と暴力の国」としたのはいささか疑問が残るが、ここでは悪は完膚なきまでに無慈悲で容赦ないものとして描かれる。そういう意味では徹頭徹尾非情な話ではあるのだが、それだからこその尋常じゃない疾走感と、悪ではないものの代表としてのベル保安官のフィルターを通して見える世界の奇妙な安堵感の対比が素晴らしい。ネタバレになるけれど(しかしそれはいささかも興趣を削ぐものではない)これはある意味悪ではない正義としてのベルが悪に対してギブアップしてしまう話なのだけれど、不思議なことにそれが救いのように思える。いずれにせよ、とんでもなく面白い小説だった。まるで映画の脚本を読んでいるようだった。

次に読む本を今日久しぶりに図書館に行って借りてきた。高野和明「グレイヴディッガー」。コーマック・マッカーシーをもう一冊続けて読むか迷ったのだが。こんな田舎町の図書館にも読みたい作家の本がちゃんとあるというのは素晴らしいな。

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