怒り

1月15日、火曜日。

久しぶりにキレた。怒髪が天を衝いた。

これは順を追って書いていかないと訳が分からないとは思うけど、僕が頭に来たのは弟が母のことをまず考えなければならないときに親戚の話などを持ち出したからだ。物凄く難しい問題だからこそ一生懸命に母のことを考えなければならないときに、こともあろうに親戚の意見を聞くなどということをまるでナイスアイディアであるかのように口に出した弟が許せなかった。僕が聞きたいのは弟の意見であって、考えなければならないのは母のことであって親戚の機嫌取りなどを考えている場合ではない。こいつは本当の馬鹿なのかと思った。親戚に相談するということは単なる責任逃れにしかならない。ただ単にことをややこしくするだけ。それがこいつには分からないのだろうか? 一体全体、57年間も生きてきて、30年以上銀行を勤めあげて、その挙句がこれなのか? これが真っ当な人間の意見なのか? 呆れて物も言えない。あまりにも頭に来たので、自分で考えないと一生後悔するぞ、と母の部屋でスマホに向かって怒鳴った。

あまりにも怒り過ぎて、夜はその怒りをどうやって収めたらいいのかに腐心した。まずもって僕自身すら怒りのあまり母の治療について考えられなくなっており、そのこともまた腹が立つという相乗効果。怒りのスパイラル。どうしたら頭を冷やせるのか分からず、つい数年ぶりにHに電話をかけてみたのだが発信音が鳴らないのでビビッてすぐ切ってしまった。こういうときはもうしょうがないので、一旦まったく別のベクトルに頭を向けるしかない。それはつまり母のことを考えないということでもあり。まったくなんてこった。

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いまさらながら順を追って話すと、朝8時50分にアラームで起きて10時前に病院に向かって10時半ごろには病院に着いてしまった。なので煙草を一本消化。2階の外科受付に行くと特養の職員がいた。番号的に1時間ぐらいは待たなければならないと思っていたのだが、意外と早く呼ばれた。で、医者の話というのはこうだった。

母のCTのデータを大分の血管に詳しい先生に見てもらったところ、動脈と静脈が穴が開いて繋がっているところが複数個所あるという判断。それで、治療としてはカテーテルを使って穴を塞ぐという治療が可能だがそれは大分から先生がやってきて行う。治療しますかどうしますか?

と、簡単に言えばこういうことなのだが、判断が難しいのは治療にはリスクが伴うということ。まず全身麻酔をしなければならないし、合併症を併発する恐れがある。それと内出血してしまうとそれが止まらない恐れがあり、そうすると別途手術をしなければならない。そして、治療をしたからといってよくなるという確証はない(前例がないので)。しかしながら治療をしなければ徐々に(むくみと傷が)悪くなる。最悪足を切断しなければならなくなる可能性がある。とはいうものの、前述の合併症や内出血を起こして手術した場合、その傷が治らないという可能性もある。治療する場合最短で一週間から二週間の入院が必要だが、もし合併症や内出血を起こした場合は延びる。そして、基本的には今母のいる特養は3か月以上病院に入院した場合には退所しなければならない。あとで職員に訊ねたところ、厳密に3か月というわけではなく退院の目途がある場合は猶予があるということだが、もし入院が4ヶ月とか5か月と延びた場合にはやはり退所しなければならない。

治療しなければ悪くなる。治療すればよくなる可能性があるが、もっと悪い事態になる場合もある。

もはや究極の選択である。医者が分からないものに対して素人が正しい判断を下せるわけがない。これはもうある種のギャンブルのようなものだ。どれが正解なのかまったく分からない。結局のところ、どちらを選んだにしろ、結果が悪ければ間違いになってしまう。しかしその結果を事前に知る方法も推測する方法もない。考えれば考えるほど、どれがリスクなのか分からなくなってくる。

一言でいうと僕は追い詰められている。親戚に相談なんてことをして事態をこれ以上ややこしくして誰かに責任転嫁している場合ではないのである。

そんなわけだから僕が一杯一杯になるのももっともなことで、挙句煙草をバカスカ吸って気分が悪くなってしまうのも無理はない。と思う。

考えようによっては治療の方法があるということだから、まるっきりお先真っ暗のどん詰まりという話ではない。医者という職業の習いとして、現時点ではまず都合のいい話ではなくて都合の悪い話、最悪の事態をあらかじめ話しておく必要がある。それがことを難題にしている。ちなみに医者の意見としては治療した方がいいと思うと言っていたが、それはレアケースなので当たり前だと思う。論文のひとつぐらい書ける機会だと思っているのだろう。

しかしいくら頭に来て怒りが収まらないとはいえ、こういうときに誰かに電話したくなるというのは、恐らく単に自分を追認して欲しいと思っているだけなんだろう。

頭の痛い日々が続く。ところでいい話もあって、ようやくメールを受信することができた。分かってみるとなんのことはない、メールソフトのアカウント設定で、ユーザー名をメールアドレスにするだけで解決した。レンタルサーバのサポートからのメールでようやっとそれに気づいたのだが、今までなんでそこに気づかなかったのだろう?

以下たぶん次号。

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